福岡・北九州 路面電車 いま・むかし 〔4〕

砂津

新幹線に乗ると、博多から小倉までは15分、ここにも、北九州市を横断するように西鉄北九州本線が平成12年まで走っていた。平成時代の廃止と言うと、つい最近のように思えるが、廃止になったのは、西端の黒崎駅前~折尾の5キロ余りで、代替バスの道路開通が遅れたため、ずれ込んだ。それ以前では、東端の門司~砂津間やほかの支線が昭和60年に廃止、そして小倉など中心部を走っていた砂津~黒崎駅前12.7キロは、平成4年に廃止になった。JR鹿児島本線が完全に並行していると言うのに、よく平成時代まで生き延びたものと思える。それでも小倉の街から路面電車が消えてから20年以上になる。廃止の年には、朝に黒崎から写し始めて、小倉までまる一日を全区間を歩き通して写した。

60210多くの電車が待機する、東の始終点となった砂津。連接車も待機する。


西鉄北九州本線のルーツは、明治44年、九州電気軌道(九軌)が門司~八幡を開通させたのに始まり、本社・車庫を砂津に置いた。戦前に、5つの会社が合併して成立した西日本鉄道の前身のなかで、九軌はいちばん歴史の古い会社であり、西鉄への継承会社となった。西鉄になってからも、一時、本社は砂津に置かれており、いわば砂津は西鉄発祥の地と言える。事実、写真の勝山通の北側には路面電車、南側には西鉄バス、それぞれ広大な車庫があって、北九州における西鉄の中枢だった。
60212 417sy車庫の跡地は、西鉄が運営する複合商業施設「チャチャタウン」となった。高さ60メートルの観覧車が目印で、新幹線からもよく見える。ネーミングと言い、施設の内容と言い、ベタな印象は拭い去れない。右手は、砂津バスセンター、路面電車時代のように、次つぎとバスが発車して行く。

 

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