客車の座席―ロングとクロス

カビの生えたような古い写真ばかりを列挙し続けて誠に申し訳ないが、事のついでに国鉄ボギー客車の等級と座席につき、一席ブツことをお許し頂きたい。但し本格的な座席論などではなく、ホンの上っ面だけの茶飲み話程度である。

現在の電車での長距離ないし観光路線、都市間では特に競争が激しい区間などに、乗客優遇=他社線との差別化を目的にクロスシート、特に転換クロス車が投入されている。国鉄→JRの客車(通勤用多客改造車以外)、新幹線は等級にかかわらずすべてクロスである。しかし古くはそうでなかった。以下のような観点からの論及は、不勉強で従前見たことがないが、勿論例外はあっても、三等がクロス、あるいは転換片クロスだったのは、けして乗客優遇などという「優しい心遣い」などではなく、限られた床面に如何に多数の三等乗客を押し込むか、が目的だったと小生は考えている。反面一、二等はゆったりとくつろげるという観点から、ごく少ない例を除き、奥行きの深いロングシートが常識というか、当たり前であった。
九州鉄道イロブ1車輌図
九州鉄道イロブ1形式図(九州鉄道株式会社車輛図)
一二等ともロングシートだが、一等は一人毎にアームレストがある。
ホイロ5230客車略図
鉄道院ホイロ5230形式図(客車略図)
これは一、二等とも片クロスの例だが、優等車はロングシートが常識の時代では稀少とまではいかなくとも、かなり珍しい部類だったのである。
ホロハ5730大3
これは鉄道院制式客車(後の中型車)の走り時代の二三等車で、三等格下げ後のしかも最末期、姫路での姿はご拙稿で覧頂いた。二等室部分も窓は3個セット、外妻面に窓があった点でも稀少なグループである。図(大正3年版)の時点では連結器が当然に螺旋連環式だが、自連換装後昭和3年改番ではナロハ11350形式に含められる。

「中型車」大正3年製3軸ボギー車スロネフ17520にピッチ1,778mmのクロス席があり、同4年製オイロネフ17280の2等座席がピッチ1,943mmのクロスだった、などの例外はあるが、二等車座席がかつてのロングからクロスになるのは、大型車出現=大正10年以降と見てまず間違いない。「大型」とは、標準軌間への改良が取り沙汰され出した大正10年以降、将来改軌できるように車軸を長軸化し、車体最大幅を9.5呎(2,900mm)まで拡げた車輌で、木製客車は2万台の形式が与えられて区別した。それ以前の、車軸は短軸で最大幅2,705mm以内の「制式車」は以後「中型」と呼称されることになり、国鉄での製造は終わった。
昭和2年製のナイロフ20550はまだロングシートである。大正10年以降登場するナロ20850、ナロ20580、ナロ20850、ナロ21270、ナロハ21450(固定クロス車もある)は転換クロスであった。昭和2年製ナロフ21250、ナロハ21400等固定クロス車も少なくない。ついでに記すと、国鉄での木製車は昭和2年製が最終だが、半鋼車も同じ年から製造が始まった。

話が前後飛躍するが、拙稿「兵庫・鷹取工・高砂工・姫路3」(5月9日)に鷹取工場でのスエ29900がある。キャプションを抜かしてしまったので申し訳ないのだが、これはかつての特急用固定片クロス車スハニ29900の成れの果てで、番号同一、しかも片側の旧荷扉を埋めている。同じ形式が1954年3月現在、飾磨線で1輌だけC11に牽引されていたのは、はるか以前に拙稿で紹介したが、座席が固定片クロスのまま(ただし背摺りはベニヤ製になり、これは転換クロスを残した京阪1000型も同様)であった。
また「兵庫・鷹取工・高砂工・姫路4」(5月13日)での高砂工場スエ29901は、サイド扉間窓4個から、マニ29505~507の内の1輌が種車であることが分かり、これも片側の扉を2個とも埋めている。通常の救援車は両サイドに側扉があるのが常識だが、片側が何故か工場配置の救援車に限っているのは、何か搭載器具等の関係だろうか。
スハニ28900昭3
スハニ28900形式図(客車形式図下巻=昭和3年版) 特急列車用で一方固定片クロスの向きが逆のものもある。終点では編成をばらし、1輌ずつ転車台に乗せて方向転換していたのである。
オエ19910大タカ1955.7.18鷹取S
鷹取のオエ19910
これは大正2年製オハ18400=常識的な17m3等制式車をそのまま引き延ばした、窓配置3×6・1という異形車が原型で、その3に挿入を失念していたため、改めてご覧に供する。この時期には他にもオイ17800、オロフ18150、オロハ18250、18260という、窓配置3×7・1という形式があり、窓数が多い分当然吹寄せが狭い異形車である。この時期の試行錯誤の一環なのだろう。
ホヤ16950
最後に蛇足だが、高砂工場に残存していたホヤ16950の形式図(昭和3年版下巻)をご覧頂き、今回の駄稿を閉じることにする。お付き合いおつかれさま。

4 thoughts on “客車の座席―ロングとクロス

  1. 湯口先輩様、
    ありがとうございました。
    中型と大型の意味を取り違えておりました。今後に生かします。
    大型車が定着する昭和の初めまでの客車は、思いつきで作ったようなものばかりで、とても覚えきれません。歳と共に記憶も定かではなくなり読ませて頂いてから、ああそうだった!などと言う始末。これからも是非とも是非とも客車シリーズをお願いします。

  2. 湯口先輩 ロングシートとクロスシートのこと、興味深く拝読いたしました。昔は上等級のシートがロングシートというのは目から鱗です。しかし、よく考えてみると納得してしまいます。当然、車体幅が狭いのであれば窮屈なクロスシートよりロングシートの方がいいかもしれません。1人ずつにひじ掛けがあって、席を確保されているのも納得できます。京阪特急8000系のロングシートもひじ掛けはありませんが、ロングシートでは最高のもので転換クロスシートよりいいように感じました。近鉄奈良線がまだ小型車が走っていた頃、鹿のヘッドマークを付けた特急はロングシートでした。阪神、京阪等の特急が転換シートであったのに何で近鉄はロングシートなのか子供ながらに不思議に思っていました。
     シートで思い出しましたのですが、今回初めて北陸新幹線に乗りましたが、シートの座り心地の最初の印象がかなり悪いものでした。それはヘッドレスト(頭を当てる枕の部分)が高さ調整をできるのですが、最初は背中の位置にあって違和感を感じたのです。座った最初が“なんやこれは“という強い不快感を感じてしまったのです。あとで高さ調整を自分でしないといけないとわかって枕をあげたのですが、この印象は残ったままです。同じ新幹線でも“さくら”の指定席はゆったりとしてこれは指定料金を払う価値があります。話はかわりますが、大阪から富山へ行くのに金沢乗り換えの手間を考えると富山金沢間の特急料金をタダにするか、富山への乗客はサンダーバードの特急料金を割引をするぐらいにしてもいいのではないかと思ってしまった久しぶりの富山行でした。

    • どですかでん様
      富山旅行ではお世話になりました。大阪・京都から富山への行程について触れられていますが、私は北陸新幹線は昨年にイヤほど乗ったので、今回は、わずかの節約も目的に、在来線で行こうと、みどりの窓口で、「IR・あいの風経由で富山まで」の切符を求めたところ、発行できないの一点張り、やむなく金沢までの切符を買って、IR・あいの風は車内精算して富山まで行くことができました。戻りも富山駅で同様の切符を求めたところ、同様の答えでした。
      どうも駅員の言う話に合点が行かず、あとでJRの然るべき部署に電話で聞いたところ、「IR・あいの風と、JR西日本とは、和倉温泉方面七尾線行きを除いて、運輸契約を結んでいないので、発券は不可」との回答でした。第三セクターは、個別にJR各社と運輸契約を結んでおり、たとえば、おなじ第三セクターでも、JR東では発券できてもJR西では発券できない場合があるとも言っていました。とくに新幹線平行路線は、複雑な取り決めがあるようです。

  3. 湯口様
    クロスとロングの興味深い話を聞かせていただきました。永い鉄道の歴史の中で、価値基準が逆転になった例を聞きますが、座席もその例なのでしょうか。最近、湯口様からは、貴重な写真を惜し気もなく公開いただき、毎回、楽しみにしております。
    “カビが生えたような”と謙遜されていますが、“カビ”大歓迎です。私も本日、ある鉄道趣味団体の例会で、それこそ酢酸臭が充満し、手垢のついたような写真を公開・発表しましたが、写真を撮った当時にまだ生まれたことのないような世代までもが、水を打ったように静粛にして聞いてもらい(単に眠たいだけ?)、あらゆる世代で、カビの写真は価値を持っていると痛感しました。

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