昭和の電車 改訂版(4)阪急電鉄1301

関三平先生からお便りをいただきましたのでご紹介致します。
《週一ぐらいで覗かせてもらっています。大阪地下鉄のレスポンスの多さには喜んでいます。実は「昭和の電車300回」に予定していたのが、「新京阪100型、大阪地下鉄100型、阪和電鉄100型を乗り継いで、淡路→梅田→天王寺→美章園の小一時間の旅」と言うテーマで、構図自体も大体決めてあったのでした。また、そのうちお手紙なども書かせてもらおうと思っています。》
関先生、ぜひとも幻の「ナニワの三冠王」をここで見せてください!

さて、今回は阪急1301型。この1301型の思い出は、モダンな電車というのが第一印象でした。
木目プリントの室内、奥行きの深いふかふかシート、ベンチレーターがなくスマートな屋上。大好きな男前の阪急電車でした。

15 thoughts on “昭和の電車 改訂版(4)阪急電鉄1301

  1. 米手作市様
     仰る通り、ホンマに男前ですね。
     後で三扉化されますが、二扉に下降窓が繋がった姿は、ある意味格調も感じさせてくれますね。クロスシートがまたよろしいですね。 今の阪急電車の原型を感じさせてくれますね。
     全然話は違うのですが、鉄道ジャーナル誌で鉄研三田会OGの蜂谷さんから水上勉著「停車場有情」の紹介がありました。早速読ませて頂きましたが、こんな本があったんや!と感激しております。丹波口駅の情景なども出てきます。米手様はお読みになられたことがありますか?
     なお、この本には1300は出てきません⁉

  2. DRFCに入会して間もない頃、ワラクロヤ社長から「1307編成の空気ばね台車を我々は『犬のホネ』と呼んでいる」と聞き、そういえばそうやなあと感心した記憶があります。

    • それは、当時「阪急会」会長だった準特急氏が京阪の2000系のエコノミカル台車をさして「犬がくわえている骨」と揶揄した事への“腹いせ”であります。当時はDRFC内に「阪急会」と「京阪グループ」の二大勢力が覇を争い闘っていました。「阪急会」会長の準特急氏の舌鋒は鋭く、大阪特派員氏、無印不用品氏などの重鎮が卒業後、「京阪グループ」はたびたび泣かされていたことを思い出しました。

      • 昔のことで、よく覚えていませんが米手作市さんがどちらを支持されていたのかいまだによくわかりません。阪急の木目印刷の車内をババ色と表現されたり、スピードと路盤のせいか揺れがひどくて痔になるというようなことを言われたことは覚えております。今回の米手さんの1301型の冒頭説明では木目プリント室内等々、男前で大好きな阪急電車と述べられており、変心されたのかとも思いました。申し上げますが。私は空気バネ台車で有名な京阪電車も好きでして京津線石坂線共々関西に来ると必ずと言っていいほど撮影しております。

        • 確かに申しました。さらに言えば、十三で瞬間停電の間に追い剥ぎが出るとも申しました。しかし、そこは公平に、京阪は左右に振れるので通路がゲロまみれとも言いました。それもこれも全て若気の至り、現在はどちらも懐かしむ好々爺となっております。

          • 阪急京都線には当時、とても臭い匂いのする場所が2箇所ありました。
            1.西院から地上に出たところの養豚場
            2.高槻市の富田寄り、国道171号線と芥川の間の某セロハン会社
            これらは、寝ていてもわかるくらい強烈で、とりわけ窓を開ける時季には難渋したものですが、車両の冷房化が進んだ頃にはどちらの施設も無くなっていました。

  3. 私の時は私鉄関係の合法団体として京阪漣、阪急クラブ、近鉄会、南海屋、サロンド・ハンシンがありました。それ以外に語再連、専再連などがありました。

  4. 語再連はよく覚えています。語学が好きな方の集まりで4年間基本をみっちりと勉強するのがモットーでbahnhofとかdorfとかいう言葉を知っているだけでもドイツ語圏の旅行は役に立ったことと思います。

  5. 千里線の近くに住んでいるので1300は、親しみを感じていました。冷房化後しか知りませんが、渋い電車でした。エコノミカル台車を、犬の骨にたとえた話しは初めて知りましたが、形状から、なるほど?と感じさせるものはあります。エアサスなのに、ゴツゴツした乗り心地だったように記憶しています。よく乗っていたのに写真はほとんど撮っていませんでした。

  6. すみません。1300と書いてしまいました。京都線でゼロ番から始まるのは5300からでしたね。失礼しました。

  7. ブギウギ様、
    最晩年の1301を始めて見ました。ブサイクです。シートなども改悪されていたのでしょうかね?

    • オリジナルのふかふかのクロスシート座ってみたかったです。特徴的な屋根は冷房化で失われましたが、千里線にいた兄弟車1601は最後まで非冷房だったので優美な形を残していました。これは吊掛式だったので、夏など千里トンネルに入り、開け放たれた窓からP6由来のモーター音が轟き、横揺れで吊り手がカンカンと荷棚に当たると、誰もが会話を諦めました。自分の中ではクーラーの付いた1301は上等な電車でした。

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