客車廃車体訪問記 内地編67 茨城県-2

【個人の庭】 2000年6月10日撮影
スエ38 3


ここは一人で訪問したのではなく、この時に開催された東日本グループの真岡鐵道撮影会(?)に参加して、東大宮-蓮田(夢空間が通過した)から始まって真岡鐵道を撮影したがほとんど記憶がなく、道の駅もてぎで昼食を食べたこと位しか憶えていない。
そして時間に余裕ができたので半ば強引に連れて行ってもらったのである。参加された皆さんには得体の知れない客車にお付き合いいただきご迷惑をおかけしました。3軸ボギーに二重屋根と車体のリベットに免じてご勘弁ください。
個人に引き取られ(無償貸与らしい)、住宅の庭に当初上屋が無かったがその後上屋が付き大事に保存されて、地域の子ども図書館として親しまれているようだったが今も変わりないだろうか。
◆カニ39551(1930年新製 川車)→(1941年改番)カニ37 7→(1946年連合軍接収改造 大宮工)軍番号3201(郵便車)  カニ37 7→(1953年改番)カニ29 12→(1958年更新修繕Ⅰ 長野工)→(1962年改造 大宮工)スエ38 3→1980年廃車
※連合軍の指定解除は1957年なので、指定時はカニ37、解除時はカニ29ということになる。

10 thoughts on “客車廃車体訪問記 内地編67 茨城県-2

  1. すばらしい!
    扉も窓も原型を維持しており(妻面の窓のみHゴムで残念)、これが個人所有とは。日本一幸せな老後を送る廃車体ではないでしょうか?
    私もかくありたい!TR71バンザーイ

  2. 井原 実様
    当日のメモが見つかりました。確かに早朝蓮田~東大宮に行っています。そのあと真岡鉄道の天矢場で撮影しております。道の駅「もてぎ」はまったく記憶にありません。ただ、途中でこの客車を見た時の驚きは鮮明に覚えています。大きな農家さんか屋敷のようなところにこんなものが出てきて驚きました。庭園鉄道もあったと思います。最初の写真の客車の前にあるのはその一部ではないでしょうか。井原さんは夜行バスか何かでトンボ返りではなかったでしょうか。どこかで泊まって次の日に東北本線(宇都宮線)に行っています。総本家さんはおられたと思いますが逗子の方もおられたのではないでしょうか。有難うございました。

    • 準特急様
      1・2枚目の手前に線路が写っていますね。ここのオーナーは余程お好きなのでしょう。夜行バスは準特急さんがお得意ですが私はもうそんな体力はありません。この時はサンライズ瀬戸・出雲で行きました。真岡鐵道は天矢場でしたか。全然憶えていません。えらく奥まで行ったのですね。私は皆さんと別れたあと、小山から新幹線で真っ直ぐ帰りました。スエ38が見られて良かった~。参加者は他にできやんさん、西村さんもいらっしゃいました。こちらこそありがとうございました。

    • その時の写真が出てきました。準特急さんお書きの庭園鉄道の前で、皆さん蘊蓄を傾けておられます。

      • ありがとうございます。こんなことをしていたのですね。奥に立派な給水塔がありますね。
        それから、サンライズで行ったと申し上げましたが、それだと東大宮-蓮田で北斗星に間に合わないのではないかと気が付きました。やはり準特急さんのおっしゃるように大宮行の夜行バスだったのかもしれません。

        • はい、夜行バスで行かれたと思います。当初、二人分の夜行バスの切符を取っていたのですが、私のほうは、会社の同僚の葬儀があって、夜行を止めて翌日の朝イチの新幹線で向かい、どこかの駅で西村さんのクルマで拾ってもらいました。

          • 総本家さん有難うございます。懐かしい顔が見られますが、井原さんの熱心さは覚えています。この時はどこか安宿に泊まり早朝の列車を撮ったこともかすかに覚えています。高速バスはよく利用し、青森でのDRFC写真展の時も帰りに弘南バスを利用しました。しかし、その後は体力的に無理で新幹線利用に変更しています。

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