昭和の電車 改訂版(121)ー営団地下鉄300型ー

最近この一両が“お郷帰り”をしたと風の便りに聞いたことがあります。

昭和の電車 改訂版(121)ー営団地下鉄300型ー」への9件のフィードバック

  1. 丸ノ内線は、一挙に全線開業した訳ではなく、1954(昭29)年1月20日に池袋 – 御茶ノ水間 (6.4 km)を 開業したのに始まります。写真はGordon Davis氏の撮影で、御茶ノ水駅からトンネルを抜け、淡路町へ向かう場所です。ここは開業後、1956(昭31)年3月20日、最初に延伸した区間、御茶ノ水 – 淡路町間 (0.8 km)に当たります。開業直後らしく、そばの歩道から見物している人たちが、何人も写っています。しかし、この時代にこの塗色は、ビックリですね。

  2. 宮崎繁幹様
    コダクロームの性能には驚かされますね。銀座線には乗ることが多かったのですが、丸ノ内線には乗らずじまいでした。いつも銀座線のボロボロぶりと比べて羨ましく思ったものです。

  3. 丸ノ内線は、昔練馬に住居の有った学生の頃、通学で毎日利用して居ましたので懐かしさがあります。
    既にご案内の通り、真っ赤の車体に白い帯+銀の飾り帯は「目を見張る」第一印象でした。
    しかし、赤なのに派手さを感じずセンスの良さのみが残っています。

    もう一つの印象は、痴漢電車でした。
    超満員のラッシュ時、ドアのコーナーに追い込まれた丸の内OLのカワイ子ちゃんがモジモジしているのが毎朝有って、こちらは身動きならず頭と目のみを動かしながら只遠望しているのみでした。
    今のお転婆女性には有り得ない被害現場を積んだ電車は、毎朝そのまま東京駅に滑り込みました。

    地下鉄なので当然顔を出す場所は限られていて、撮影は面倒だったので(これが国電なら、何としてでも撮る!=笑=)小生のネガは至って少量しかありません。

    添付写真はスチールをコンデジ複写:定番のアングルで後楽園にて

  4. 河 昭一郎様
    いつもご覧頂きありがとうございます。
    後楽園駅にこんな大きな屋根があったとは驚きです。
    昭和三十年代と言ってもまだまだ戦後の雰囲気が残っていましたから地下からこんな色の電車が飛び出してくると驚きも大変なものがあったと思います。中央線で通勤していて水道橋で神田川を渡る300型は目を引く存在でした。

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