昭和の電車 改訂版(146)ー名鉄3900系ー

名鉄も反応の少ない鉄道です。前回も無反応でした。

7 thoughts on “昭和の電車 改訂版(146)ー名鉄3900系ー

  1. 大学時代の後輩が知多方面の出身者がいて、この形式は卒業後の1980年代に乗った記憶が在ります。
    たぶん、金山総合駅登場以前で、神宮前で乗り換えて、ちょうどラッシュアワーで非冷房広窓のクロスシートの通路に立ち、昔の国鉄客車を思い出すようなシーンでした。
    関西私鉄は100%近い冷房化時代に入っており、「名古屋はすごいなあ」とこの頃は毎年2回以上中京圏に、登場後歴史の浅い「18切符」で行っては吊り掛けや初期カルダンの乗り心地を楽しんで日帰りしていました。
    その頃、3400の急行運転も乗りました。3900は夜だったので写真に収められなかったことが心残りです。

  2. K.H.生さん、
    名鉄最初のコメント、ありがとうございます。
    当会には中部地方、とりわけ名古屋出身者は大僧正はじめ多いはずですがお経は読めてもパソコンは苦手なのか反応がなく、鬼門と化していました。とにかくもたすかりました。

    • こんばんは。1980年代の中京圏の魅力は、国鉄より名鉄優位な鉄道網発達と、日本車輌の存在感だったと思います。あとは関西圏と違う異文化の面白さも多く、街歩きして外国に来ているような気分も多く感じました。今はJR発足後の30年にJR東海が一人勝ちして官民バランスが崩れて、岐阜市が衰退したり、葛西さんの新自由主義を感じる「WEDGE」というJR東海系の雑誌を見る度に、日本はここまで、「強いものが正義」の国になったなあと溜め息を吐いています。

  3. 名鉄3850&3900は、新造AL吊り掛け車の最後を飾るにふさわしい重厚な車で、気に入ってました。あまり大改造を受けることなく昭和の終わりには引退しましたが、床下機器を流用した6750が、大手私鉄最後の吊り掛け車として2010年頃まで瀬戸線で活躍していたのは記憶に新しいです。

    • ブギウギさん、
      ご無沙汰です。
      名鉄の話をありがとうございます。
      ついこの前まで轟音を響かせて走っていたとは、吊り掛けの乗り心地を懐かしく思い出します。
      これからも名鉄が出てくると思いますので、よろしくお願い致します。

  4. Gordon Davisさんの記録に、1枚この電車の記録があったので、貼っておきます。この頃の名鉄の塗色は、なかなか落ち着いた感じですね。昭和31年5月、枇杷島近辺での撮影とのことです。

    • 宮崎繁幹さん、
      デービスさんの秘蔵写真、お待ちしておりました。
      この色なら覚えています。関先生の色は京阪特急の色に近いため、へぇ~という感じでしたがこの色を見て思い出しました。茶色とクリーム色でしたね。関先生は、色鉛筆と絵の具で彩色されるので、色が合わないと嘆いておられましたが、印刷時にさらに変色するので原色とのズレはやむを得ないでしょう。
      ありがとうございました。

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