昭和の電車 改訂版(58)ー南海デニ502号ー

前回の京阪700型に関しては、なんにも投稿が無かったのでガッカリしました。
かつては京阪連と言えば瞬間湯沸かし器となって阪急には敢然と戦いを挑んだものですが、いまでは牙は抜かれ、阪急会と立場が入れ替わったようです。いでよ、京阪の準特急氏!

今回は南海ですが、以前に南海を取り上げたときは反応がよかったので驚きました。

5 thoughts on “昭和の電車 改訂版(58)ー南海デニ502号ー

  1. 今回もコメントがまだないようなので、遅まきながら私の知る範囲のことを少しばかり・・・。

    この電車は残念ながら、私は乗る・撮るはおろか、見たこともありません。ただ関先生の記事にもあるとおり、日本の回生ブレーキの草分けとして、ずっと後世に伝えられるべき車両かと思います。なおこの回生ブレーキの開発に当たっては、後にユニークなデザインの車両を多く生み出した木南車輛の創業者、木南吉三氏が深く関わられたとのことです。(「関西の鉄道 No.52」の記事より)

    ところでまた関先生にツッコミを入れるわけではありませんが、鉄道関係の本や資料によれば、デニ501型2両のうち、事故に遭い別形式(デワ2002)に改造されたのは502号の方で、501号はずっと残り、最後は荷物室も客室化してモハ569号となったそうです。このあたり、前回ここに掲載されたときには議論の対象になったのでしょうか?

  2. まほろばの鉄趣味住人様
    まいどのお助け、感謝致します。
    ご指摘のツッコミに関しまして遡って調べました。
    2012年3月25日に藤本哲男さんが「また南海、デニ502によせて」でふれておられます。
    《「501号は26年に火災にあい、別形式となるので、私が見たのは2つ目玉最後の1輌の502となる。」と記されているが、昭和26年に火災に遭ったのは502号で、関さんが見られたのは501号であると思われるが、火災前の502号だった可能性もあり、私はこちらを支持したい。》
    関先生が見たのがいつだったのかが問題となっております。
    先生からのご連絡があれば投稿させていただきます。

  3. まほろばの鉄趣味住人様
    さきほど関三平先生に電話してお伺いしましたところ、次のようなお返事を頂きました。
    「見たのが小学生の頃で昭和24年か25年だったと思う。だから焼失前か後かが不確かです。車番に関してはあいまいでゴメンナサイ」とのことでした。
    以上でご了解下さい。

    • 米手作市様
      関先生にわざわざご確認いただき恐縮です。ご返事のとおりだとすると、ご覧になったのは確かに焼失前の502号かもしれませんね。
      なおこの事故がきっかけで、他の同系車の屋根の絶縁強化が行われた際、「2つ目玉」のヘッドライトも1灯化されたそうです。直列配線のため片方の電球が切れると、もう片方も切れてしまうからですが。
      偉そうなツッコミを入れましたが、私も先日のコメントで間違いを書き込みました。デニ502号が事故復旧後に改造されてできた車は、「デワ2002」ではなく「デワ2001」の誤りです。お詫びして訂正します。

      • 関先生から伝言です。
        「私は番号には詳しくないのでこんな誤りは今後もあるかもしれません。その都度ご遠慮なくご指摘、ご教示下さい。ありがとうございます」
        とのことでした。今後ともよろしくお願い致します。

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