昭和の電車 改訂版(197)ー伊賀電鉄デハニ1型ー

昭和の電車 改訂版(197)ー伊賀電鉄デハニ1型ー」への4件のフィードバック

  1. 伊賀電鉄は「家の近く」になります、家の近くには伊賀鉄道の鉄橋跡が残っていましたが、数年前に無くなってしまいました。ただ、いかにも鉄道が走っていたと思われる微妙なカーブのある道路は所々に見かけられます。車両については記事にもありますように全て東急となり、近鉄のイメージは全く無くなりました。それでも忍者はいつまでも走り続けるようです。
    イラストのように上野城と車両が入る場所はありました、いまはホームセンター等が立ち並んでいますので綺麗に見える場所は少なくなってきたと思います(最近、上野市~伊賀上野はご無沙汰しています)。ブレた写真で申し訳ありません、5000型のさよなら運転のときのものです、上野城は見えています。

    • wakuhiroさん
      教えてください。
      いまの伊賀電鉄と昔の伊賀鉄道では走る位置が変わっているのですか?

      • 走る位置は変わっていません、一部の区間が廃止になっています。伊賀鉄道(電鉄)は、JR伊賀上野から「上野市」(町村合併で伊賀市になっていますが駅名は上野市のままです)、近鉄伊賀神戸を経て、今の近鉄の「名張」駅の西側の「西名張」までを結んでいました。この中で近鉄と並行となる「伊賀神戸」「西名張」間は1964年に廃止されています。「私の家の近く」には、廃止された「伊賀神戸」「西名張」間の廃線跡があります。近所の小波田川には枕木の乗ったプレートガーダーが残っていました。

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