“木次のC56108”によせて

こんなのがありました。昭和40年の3月です。

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4 thoughts on ““木次のC56108”によせて

  1. 米手作市さま
    貴重な写真のご披露ありがとうございます。人も貨物も移動には鉄道に依存していた時代でした。木次線も陰陽連絡の一翼を担っていました。昭和40年3月の車両配置表によると、木次機関区にはC56が6両、C11が4両、キハ07が5両、キハ02が3両配置されていたようです。客車の配置はありません。C56108の写真も貴重ですが、それ以上に 1両も保存されることなく消えてしまったキハ02の現役の姿は貴重だと思います。特に2両連結の前のキハ023は 遠軽から多治見を経て木次に来て、昭和40年3月31日に廃車となり 約10年という短い生涯を終えています。このスナップは 余命あと何日かという時点での姿です。よくあの非力な華奢な体でスイッチバックを登り降りしていたものだと思います。過日小樽で保存されているキハ03の車内に入り、天井に手が届くほどの小さな車体に驚くとともに、エンジン音や乗り心地を経験することができなかったのが残念でなりませんでした。木次のキハ02のあと2両も同年9月14日に廃車されて 本州からレールバスは姿を消しました。もうすぐ雪の季節がやってきて、今年も出雲横田-備後落合間は雪どけまで運休となるでしょう。冬場は運休でやむを得ませんが、春になったら新緑のスイッチバックを楽しみ きれいになったC56108に再会しようと思っています。

  2. 米手作市様、C5711に続いてC56108の写真ありがとうござます。特徴あるテンダー側の姿もよろしいですね。西村雅幸様のご説明のとおり山間の小さな機関区にC11、C56とキハ02、キハ07が在籍していました。昭和39年3月時点で宍道からの山陰本線にはC5180も走っていました。米手作市様も貴重な写真を随分お持ちですね。これまでの作品では釧網本線のキハ04が印象に残っております。今後の更なるご発表を期待しております。

  3. 西村様、
    それほどの写真とは知りませんでした。それでは、と言うわけでもありませんが、追加の写真を投稿しますのでぜひご批評をお願い致します。

  4. 準特急先生
    古いだけが取り柄の私の写真、喜んで頂けたら嬉しい限りです。
    続いて同時期の木次駅と出雲坂根の写真を投稿しました。
    私の写真は、ただただ撮ってあるだけの駄作です。先生の作品とはレベルが違います。またコメントをお願い致します。

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