新京阪デハニ5001に寄せて

4501 41-7-27
5001→4301 / (41-7-27) 正雀

昭和3年梅鉢鉄工所製で、両端に客室、中央に魚菜室がある珍しい構造であった。
荷物の積卸し時間短縮のため、このような構造になったものと思われる。
戦後は客室の座席が撤去され救援車になった。
昭和39年4月の改番で4501になり、57年971を救援車に改造した4052と交替して廃車になった。

関さんの解説文に出てくるデワ3000形、デト4000形について解説する。

4000形
昭和3年梅鉢鉄工所で2両(4001・4002)製作された無蓋電動貨車である。

4001 / 上:(41-7-27) 下:(44-12-17) 正雀
戦後ジブクレーンを取付けた時運転台を狭幅に改造した。
正雀、桂検車区間の資材輸送に使用されていたが、54年3月廃車になった。
4001
4001 44-12-17
4002/ (44-12-17) 正雀
戦後もほぼ原形のままで使用され、49年7月廃車になった。
4002 44-12-17

3000形 / (41-7-27) 正雀
昭和3年梅鉢鉄工所で2両(3001・3002)製作された有蓋電動貨車である。
戦後貨物営業廃止により休車となり31年5月廃車になったが、台車、電装品を戦後貨物営業廃止により休車となり31年5月廃車になったが、台車、電装品を流用して210形が製作された。
旧車体は、41年頃まで正雀検車区で物置として使用されていた。
3001 41-7-27

【参考】210形
211-261-212 / (39-3-21) 松尾
昭和31年千里山線の輸送力増強のため、廃車された3000形の台車、電装品を活用して610形と同形の車体を新製して作られた。
千里山線の乗客数の増加により嵐山線に移り、51年に廃車になった。
212 松尾 39-3-21

4300形
大正13年東洋電機で製作された電気機関車で、当初は2000形(2001・2002)と称していた。大正15年に2003が増備されたが、余剰により昭和13年には休車になり30年に廃車になった。
2001・2002は35年10月の改番で3001・3002に、更に39年4月の改番で4301・4302となり50年3月廃車になった。
4301/ (44-12-17) 正雀
4301 44-12-17

4302/ (44-12-17) 正雀
4302 44-12-17

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