広電3両がミャンマーへ

地元のテレビニュースでも紹介され、今朝の中国新聞にも記事が載りましたので ご紹介します。

H27-7-14 中国新聞朝刊

H27-7-14 中国新聞朝刊

ミャンマー国鉄の入札条件に合致した車両は昭和25年製の旧大阪市電1831の772号、昭和38年製の旧西鉄1101,1201の3005号、3006号の3両です。車齢65年にもなる後期高齢車が第三の職場を得てもうひとがんばりするということですから、同年代の我々もがんばらねばなりませんね。鉄道車両は大事に使えば寿命は長く、まだまだ役に立つという証しです。うれしい限りです。これらの車両が走る路線は既存の路線ではなく、これから工事が始まる新線のようです。すでに神戸港への搬出が始まっていて、もう広島市内を走る姿を見ることはできません。少々古い写真ですが、近影をご紹介いたします。

平成25年7月17日 福島町にて

772号 平成25年7月17日 福島町にて

3005号 平成25年7月17日 紙屋町にて

3005号 平成25年7月17日 紙屋町にて

 

3006号 平成25年3月30日 広島駅前

3006号 平成25年3月30日 広島駅前

 

12 thoughts on “広電3両がミャンマーへ

  1. 新型車が続々と増備され 在来車が廃車されていくのを残念に思っていましたが 異国の地で再度活躍とのことうれしく思います。塗色の変わった653号をそのうち見に行きたいと思っています。
    INUBUSE

    • INUBUSE様
      広島市内をご一緒に回ってから丁度2年になりますね。早いものです。被爆電車特別運行プロジェクトとして走る旧塗装の653号を私はまだ撮りに行っておりません。8月30日までの土日祝だけですから、あと14回しかありません。土日なら653号と併せてレトロ電車101号も狙えます。広島へお越しの節はご一報下さい。

  2. 早う行かんとアキマセン。もし軸重の改善が出来なかったら残った子たちに会いに行けないかもと思い、調べていたら、西村氏と一緒にH24 年10月8日に車庫で休んでいる772号と6005号を撮っていました。西村氏も撮っているでしょう。また、更に前にも何枚か撮っているようで一安心。ひょっとすると772号は、大昔に今は亡き吉谷先輩が大阪で運転していたんと違うかいなと思うと感慨深いけど、本人が居られたらまだ働ける772号をどんな想いで見ておられるやろうか。こうもり傘持って見に行ってください。
    *軸重の修理が完了してません。長びくかも。暫くはデジ青が楽しみになっています。
    KAWANAKA

    • KAWANAKA様
      吉谷先輩のことまで考えが及びませんでした。「へえー、ほんまでっかいな!」という声が聞こえてきそうです。軸重軽減でご苦労のご様子お察し申し上げます。また広島市内をご案内できる日を楽しみにしております。我が家のマツダ製ディーゼルカーの貸切運行もできますので、いつでもご用命下さい。

  3. ミヤンマーといえば老人世代ではビルマの事だと思ってしまう。70年前に敗戦の日を迎えた時、戦争とは何かという事は京都人、それも就学前の我々世代ではよく分らなかったと思う。ビルマと言う国の事なんぞ我々の世代などは地図の上でのことだけで、かの地にどんな鉄道があったのか知らなくて普通であろう。老人がビルマの鉄道を意識したのは大井川鉄道にC56が入線した時である。この時、ビルマ(ミャンマー)に電車が走ることなど想像していなかった。だから広電のお下がりが行くなんてびっくり仰天なのである。ピク誌などで日本のDCが送られ活躍するも5年たてばアウト、と報じられ、その理由を知るや「ああそうかいな」と思うだけである。DLを使いこなせない世界で、「絶縁」と言う目では見えないものと、どう向き合うのかと思う。失敗に終わらないためには電気鉄道の良さを知るとともに怖さを知った上で、電鉄未開の地であろうと思われるミャンマーで、電車がつつがなく走りだし、国民の皆さんの喝采を浴びる日が来ることを、竹藪の傍で生きている老人は祈っている。

  4. まだ路面電車路線のないミャンマーのヤンゴンになぜに広電車両が輸出されるのかと驚いていましたら下記のHPに詳細が掲載されていました。見ればヤンゴンの下町リンザダウン~トーリークェ(3.09マイル=約5㌔)に新線が今年12月に開業されるようです。
    しかし営業5㌔に3両では余りに少なすぎます。まだまだ追加の車両があるのかも・・。
    当分、目を離せなくなりました。ミャンマーにもう1度行って見る価値が出てきました。
    http://www.geocities.jp/aoinann/news.html

  5. 先ずぶんしゅう氏の情報集めの手腕に敬意を表したい。日本の団体が噛んでいることに一安心した。他国の河川の水害対策にダムを造り、そこで発電した電力をちゃっかり取り込んでしまった国があるらしい。ミヤンマーがそんな話に乗せられたのではないかと心配したのは取りこし苦労であった。以前、娘がインドネシア人と結婚するというので現地へ行った時に聞いた話だが、日本は戦時賠償でジャカルタに高架複線を造り、老齢化した戦前製のオランダの電車を取り替えてくれた。ところがそのままで、後はあるヨーロッパのメーカー製の電車の増備に任せたところ故障続出となった。困った政府は日本の地下鉄中古車を購入したところ、日本政府は技術屋を付けてくれ、以後の車両増備は全て日本の中古車で賄っている、との話だ。先の日本の団体としたのはODA事業であるということだ。今度のミャンマーの話も是非エンジニア付であってほしい。広島から送られた2形式は、戦後の路面電車界では最も安定した走行機器を搭載したものである。広電の社内事情にもよるが、きっと後を追うことになる増備車も同形式であってほしい。安定した取扱いが出来る車両であれば信頼性が増すのだから・・・。ところでODAの事務所は京都だと紹介されているが、本拠は何処においているのだろうか?

  6. 本日早朝、NHKテレビで放映され、詳細が分かりました。これで安心です。営業開始となれば順調に運営されるようになったところで、「ぶんしゅう氏」の報告を待っています。願わくば京都市電15両そっくりが移管されると嬉しいですね。甘えましてごめんなさい。

  7. 広電にまつわるテレビ番組のご案内を。それはNHKテレビで金曜日の午後10時55分から25分の番組で「ドキュメント72時間」です。7月24日の放送は「広島路面電車に揺られて」と題して、72時間すなわち3日間走る広電に密着して、車内で繰り広げられる人間模様のドキュメンタリーです。なかなか面白い番組で前回は「東京・下町男と女のダンスホール」でした。鉄道にちなんだものは以前に「“縁結び列車”に乗って」がありました。すでによくご覧になっている方がおられると思いますが、とりあえず、ご案内まで。

  8. 相変わらず早寝早起きを実行中で、25分番組のさわりだけを見たようですね。広電とは古くから拘りあることは以前紹介した通りで、最近の訪問は田舎の叔母の葬式帰りに新車5100型に、中電前→広島駅間を乗ったのが最後で、7年間お邪魔していない。24日は畳上で座禅のつもりで午後10時55分まで歯を食い絞ろうと思う。
    また、西條の島君訪問計画があるようで、1993年の野辺山以来の再会が実現できれば嬉い!現地幹事さん、よろしくお願いします!

    • 乙訓のご老人様
      島社長との打合せ、大宴会のきれいどころの手配、広電の貸切などすべての段取りを完了致しました。近々役員幹事さんから皆様に案内が送信されることになっております。広電は1900型を手配しましたが、もし定員をオーバーするようであれば、2両続行運転か連接車に変更しなければならないと 現地幹事は気をもんでいるところです。12月が待ち遠しい梅雨明けの今日この頃です。

  9. 西村さん、こんなバカしています。2003年だったかな?路面電車祭りで御地へ行った時、駅ビルで生中しこたまやって、駅から紙屋川の旅館に向かう時、やってきたのが1911号【祇園号】で、お客さんは10人ぐらいであった。リーダーの姫路の木村隊長から「オキサン祇園小唄一丁いけや!」となり、つり革に縋りながらこなした思い出がある。運転手君も心得たものでシリーズ運転で紙屋町へ。降りるときに「スンまへん」と言ったら、「10時廻ると時々歌手が現れ賑やかになりますよ」とニコニコ顔であった。つり革に縋ってのカラオケはこれきっりである。

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