撮影地今昔-旧・福知山線・生瀬-道場間(6)

7.武田尾-道場間(2)
武田尾から廃線跡を辿り、大茂山トンネルの対岸×印のところで道が途絶えました。そこで道場側から回り込み、旧線の対岸を○の地点まで引き戻りました。×~○間、距離にして凡そ1kmほどは通過できずとなりました。尤も道場までのこの区間は、廃線の対岸で道路のあるところだけを通りましたので、廃線軌道敷き跡を歩いていません。
▼大茂山トンネル-道場間地図
601252それで、大茂山トンネルの道場方坑口と、野田尾トンネル武田尾方坑口は見れずじまいでした。せめて野田尾トンネルの道場方坑口をと探しましたが、草木が覆い茂り、なかなか容易に見つかりませんでしたが、石積み箇所をようやく見つけ、坑口も判りました。

▼【今】野田尾トンネル、道場方坑口。1899年1月竣工、長さ306m、坑口・側壁部:野石乱積み、アーチ部:レンガ長手積み、延長工事なし。
doujyou03▼トンネルアーチ部が遠目に見えました。doujyou02 ▼【今】茂みの陰にホッパーも残っていました。
doujyou04▼【今】踏切を渡り、県道367号線を北に進むと武庫川に、比較的長い道路橋が架かっています。橋の中央から、武田尾方面を振り向き、廃線跡を遠望しました。
doujyou12 ▼【昔】DCの遥か後方、画面左手にトンネル坑口が見えますが、多分これが二つ上の画像、野田尾トンネル坑口でしょう。廃止後31年、すっかり草木に覆い被されました。
C1813▼【今】川面から少し高い位置に線路が敷かれ、のり面はコンクリートです。
doujyou11▼【昔】C11バック・プル、上り旅客。山が川に迫り出すような極めて狭い幅の軌道敷きでした。
C1808▼【昔】C11牽引下り旅客。右端の傾斜道か階段を探しましたが判らずじまいでした。
C1803▼【昔】DF50牽引下り貨物。川の中州で川遊びや飯盒炊爨を楽しむ人影が見えます。
C1805▼【今】建設業者のミキサー車のような車が見える。コンクリート製の水路。    doujyou05▼【今】水路を潜る短い橋。doujyou06 ▼【今】踏切があった箇所に、警戒色塗装の柵が残っていました。そして中央が線路跡今は建設業者の私有地となり通過できません。
doujyou07▼【今】第四武庫川橋梁があったと思われる箇所ですが痕跡が判りません。
doujyou08▼【昔】第四武庫川橋梁と思われます。
C1815▼【今】この付近に第5武庫川橋梁の橋台があった筈。そして植山トンネルに続いていた筈。道路から何も痕跡が見つかりません。探すこと10数分、ようやく茂みの中に速度制限の標識があり、崖をよじのぼりました。生瀬-道場間最後の、植山トンネルがありました。

植山トンネル 1889年1月竣工、長さ117m、延長工事なし、武田尾方坑口:整層切石積み、側壁部:野石乱積み、アーチ部:レンガ長手積み。
doujyou15▼植山トンネル内部
doujyou16▼植山トンネル道場方坑口、県道に向かい草木が茂る坂、這這の体で上りました。doujyou17▼県道に上り直ぐ傍の現在線高架下を潜ると、旧線跡がバラスもそのままに見えます。左の高架と合流地点で武庫川を渡れば、もうそこが道場駅です。doujyou18はた迷惑も返り見ずに、長々と6回にも渉り、生瀬から道場まで旧・福知山線跡を辿りました。城山・当田・大茂山・野田尾・植山の五トンネルは通過できませんが、北山第一をはじめ七つのトンネルは通過できます。

読者の皆さんも、季節の良いシーズン、懐中電灯片手に、日本の明治の遺産を是非とも鑑賞してみて下さい。

4 thoughts on “撮影地今昔-旧・福知山線・生瀬-道場間(6)

  1. いつも貴重な記事のご投稿をいただきましてありがとうございます。
    記事の続きを読むを挿入しております。お手数ですが、投稿後は忘れずにお願いします。

  2. 旧武田尾駅付近は綺麗に整備されておりちょっとした散歩には大変いい場所であったように記憶しております。生瀬から武田尾までの6.4kmは真っ暗なトンネルと一部の鉄橋通過に難儀しましたが何とか歩き通せました。問題は武田尾から先でして道場に向かおうとしても旧線跡がよく分からず戦意喪失ですぐに諦めました。それにしてもtsurukameさんの調査と行動力には改めて敬意を表します。冒頭お示しいただいた地図を辿りますと道場駅から近い所にある旧線の第5武庫川橋梁を渡る「まつかぜ」やDF50の客車を撮っているようです。この橋梁でも随分深山幽谷の感じがしました。そしてその先のコンクリート法面の見晴しの利く場所ではC5711牽引で後補機C57152(福知山線は平坦線で補機の運用はなかったので回送と思われます)の列車も撮っております。生瀬-道場間は山陰線の保津峡付近と似たムードがあり、道場からは開けた三田盆地に入るところも亀岡盆地に入る馬堀に似た感じがしました。

  3. 準特急様
    随分と前にコメントいただきながら、またまた今頃に、3週間遅れで拝読しており申し訳ありません。仰せの通り、武田尾-道場間は、川沿いの道、旧線沿いの道が途絶えています。仕方なく、道場側から近づけるところまで戻りましたが、それでも約1kmはとうとう見れずじまいでした。そして戻ったところも、草木に隠され、私有地になり、はたまた公共施設になり、散々な今昔対比でした。その中でも道場よりの植山トンネルを、草木の中に探し当て通過できたのがせめてもの慰めでした。

    ところで、準特急さんの撮影されたC57などを機会あればお見せ下さい。楽しみにしております。

    話し変ります。武庫川を遡上していて気づいたのが、サクラ並木です。河口からサクラ並木を見たのは、山手幹線辺りの西宮市側と新幹線より北の尼崎市側ですが、三田を越える辺りからは、川沿いの至るところ、両岸ともサクラ並木です。今回の遡上は秋から冬でしたが、4月には武庫川よりも、サクラを見に行きます。中でも人出の少なそうな広野から北、藍本近くが良いですね。ただ電車は見えません。電車が見えるなら広野ー新三田の広野寄りですね。兵庫県が瀬戸内から日本海までサクラ前線を敷くとの企画ですが、上記の地区ではそれこそ素晴らしいサクラを鑑賞できそうです。

    大井川通いも良いですが、近くの兵庫県武庫川の電車とサクラ、田植え、野山も素晴らしいと思います。その時にまた見て頂きます。兵庫ふるさと通信員に活躍して貰います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください