カラーで振り返る昭和の気動車-4-に寄せて

総本家青信号特派員殿がなつかしいキハ55系の活躍ぶりを紹介されました。そのなかで南海のキハ55が登場しましたが、ここでは島原鉄道のキハ55をご紹介します。ネガの色調をうまく調整できず 空が黄色くなっているのはご勘弁を。

キハ5505+キハ4505 昭和53年10月 南島原駅にて

島原のキハ55、キハ26も国鉄への乗入れ、準急との併結を意図していました。国鉄の上を行こうと空気バネ台車、ラジオ受信機付きでした。急勾配区間もないのに2基エンジンなのは 自社線内で古いガソリンカー改造のトレーラー(郵便荷物車)を牽引するためだったようです。上の写真の2両目は湘南顔のキハ4505で、すでに多くの窓が塞がれてキユニになっていました。

キハ2602 同日 南島原機関区にて

キハ26も空気バネ付き。エンジン1基なので水タンクのスペースがとれたのでしょう トイレ付でした。この時点ではエアコンも装備され国鉄にひけをとらないデラックス車でした。このキハ2601と2602 そして上のキハ5505は何と 機関車と貨車しか作ったことがない三菱重工三原が国内向けに作った唯一の気動車です。もう1両ペルー国鉄向けに1両作っていますが、とにかくあとにも先にも三菱製ディーゼルカーはこの4両だけです。

キハ2602の銘板 昭和35年 新三菱重工三原

このキハ2601の竣工時の写真があります。

キハ2601竣工時  昭和35年 

背景を消してカタログ写真にしたもの 屋根上のラジオアンテナがよくわかる

4 thoughts on “カラーで振り返る昭和の気動車-4-に寄せて

  1. 西村様
    貴重な写真を見せていただき、ありがとうございます。新三菱重工製のDCについては、ピク729号キハ55特集にも記載がありました。三菱重工としては、貴重な国内向けDCだったのですね。竣工時の写真ですが、国鉄の当初の準急色と同じようです。そのピクにも新製時として、南島原で撮られた写真がありましたが、これは、帯のなかに白線を入れた、その後の島原の“ヒゲ”を思わせる帯色になっていました。竣工後に変更されたのでしょうか。

    • 総本家様
      コメントありがとうございます。ピクを持ち合わせていないので塗色の変更経緯については全く不勉強です。竣工時の写真をよく見ると 確かに帯の中に白線があるように見えますね。この写真ですが、後ろの山の形からてっきり糸崎の山、即ち三菱構内と思い込んでいましたが、そうではないようなのでキャプションを抹消しました。先入観は恐ろしいですね。

    • yuguchi様
      実は私も何だろうと思っているのですが、元の写真も不鮮明でわかりません。三原から島原へ回送した際の何かだろうと思いますが、部品なら車内に置けば良いし、回送用の何かの表示にしては厚みがありすぎるようにも見えて さっぱりわかりません。

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