客車廃車体訪問記 北海道編5

日高本線沿線3題を紹介する。

【富内鉄道資料館】

オハフ33 1568(左)  スハ45 26(右)  42.782898, 142.219105  1998年9月13日撮影 穂別町 富内鉄道資料館
旧富内駅を活用した施設で、最近は「富内銀河ステーション」と称しているらしい。
旧貨物側線に留置されている客車の用途は、ライダーハウスだったらしいが、車内にはタイヤチューブが積まれていた。なにしろ駅舎は閉まっていて、周りに誰一人いなかったのでわからない。塗装は綺麗である。

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客車廃車体訪問記 北海道編4

倶知安近辺を紹介する。

【幌似鉄道記念公園】

スハフ42 507  2017年8月14日撮影 共和町 幌似鉄道記念公園42.984493, 140.613967

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客車廃車体訪問記 北海道編3

八雲町、せたな町2題を紹介する。

【八雲町の3扉車 他】

オハ51 5(左)  オハ51 41(右)  2017年5月4日撮影
函館本線八雲駅からせたな町へ抜ける道路沿いの、なんと個人の住宅として使用されている。3扉が特徴のオハ51 41と、2両のオハ51をそれぞれ半分よりやや長く切断した車体が分散して置いてある。切断した方が運搬費用が安いからであるが、41は搬入後再接合したが、残り2両は切断して長い方だけ搬入したと思われる。

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客車廃車体訪問記 北海道編2

第1回に続き、道南いさりび鉄道(旧江差線)沿線2題を紹介する。

【ペンション宵の明星 2両】

スハフ44 9(左)  オエ61 50(右)  1997年8月10日撮影  41.746343, 140.601257(Googleマップから取得した緯度・経度の座標である。Googleマップで検索するとピンポイントで位置を特定できる。)

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客車廃車体訪問記 北海道編1

2016年3月に急行「はまなす」が廃止されて、汽笛一声以来の定期客車列車の長い歴史が終わり、客車は「SLやまぐち号」や「ななつ星in九州」など臨時列車用と10両に満たない事業用車に残るだけになった。現役客車がこのような状況になり、6月にリタイアしたのを機に、各地に点在している旧国鉄・JRのリタイアした客車-廃車体-を撮影して回ろうと思い立った。廃車体は以前からぽつぽつ撮っていたが、まず北海道を制覇することにしてこの2年間、積雪のない時期に重点的に渡道し、現状ほぼ全車撮り終えたと思われるので発表したい。「ほぼ」というのは、廃車体の全容を完全には把握していないからで、小生の知り得た情報を全部確認したというだけのことである。この報告以外に廃車体の存在をご存じであれば是非ご教示いただきたい。

本題に入る前に、最新の新製客車に少し触れる。
近年客車の新製は大幅に減少し、今年の新製客車はJR北海道のマヤ35-1とJR西日本の35系くらいである。まずここでは趣味誌に紹介記事の少ないマヤ35-1をご覧にいれる。

右側がマヤ35-1札サウ  2017年8月13日撮影 札幌運転所  稲穂駅のホームから見える。
左側はマヤ34 2008札サウ で、日立1978年2月17日新製、2004年にリニューアルしたものの、40年近い歳月が経過しており、マヤ35が登場して来年交代するらしい。
マヤ35は同じく日立2017年5月17日製、今年のゴールデンウィーク後、遙々やって来た。窓・扉が異常に少なく(2-4位側も同様)、車体長は20.8mと少々長いが車高がいやに低いので余計細長く見える。これで定員10なので、内部はどうなっているのであろうか。マヤ34と違い中間台車が無く、積雪時でも検測可能だそうな。台車はN-TR35(総合車両製作所)と称する。

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南海キハ55と有田キハ58

西村さんのご指示により、両運の南海キハ55と有田キハ58001~2をご覧にいれます。

和歌山駅の南海キハ5504+キハ5554です。手前が両運のキハ5554です。ナンバー標記の55と54の間隔が空いています。

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カラーで振り返る昭和の気動車-4-に寄せて その2

西村さんが「カラーで振り返る昭和の気動車-4-に寄せて」と題して島原鉄道のキハ55を紹介されましたので、それに便乗して私は南海のキハ55(正式にはキハ5501形でしょうか)を紹介します。カラーではありませんのでご勘弁を。

場所は湯浅駅です。きのくに2号の後尾に連結されたキハ5503が、有田鉄道の両運のキハ58003(元富士急)と顔を並べたところです。国鉄の駅で私鉄2社の国鉄型気動車が出会うことでもたいへん珍しい組合せであると思います。

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私も撮っていました700形

札幌市交通局700形をご覧にいれます。701と702です。
701は東七丁目-東三丁目のサッポロビールの前です。
702は北大正門前-札幌駅前で、国鉄札幌駅桑園方でオーバークロスする所です。すごい所を走っていたのですね。
昭和46年9月の撮影で、山形のKさんとご一緒して幕張博士の会社に押しかけ、そのまま琴似の大四畳半に転がり込み重なって寝た時のものだと思います。

1981年小松島のキハニ5000廃車体

昭和56年1月18日に小松島で撮影したキハニ5000の廃車体をご覧にいれます。

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C58239 私も撮っていた1969年の勇姿

C58239の現役時代の写真が珍しいそうで、奥山さんとTsurukameさんが撮影された写真が「とれいん」6月号に掲載されて話題になっていますが、私も撮っていましたのでご覧にいれます。
C58239_1C58239_2

昭和44(1969)年8月18日、688列車を牽引するC58239を茂市-蟇目で撮影しました。
当時、鉄道同好会の同期に「三好茂助」という名前の男がいて、なんとなくついふらふらと茂市で降りてしまったのです。近辺をうろうろしても良い撮影場所がなくて、しょうがなく「C58ばっかりやな」と思いながら撮ったうちの1枚です。総本家青信号特派員さんのおっしゃる「もの好きな?人間」の、奥山さんTsurukameさんに続く3人目ということになります。
このあと、区界に移動し、松草-区界の草原に寝転びながら持参したラジオで第51回全国高等学校野球選手権大会決勝(松山商VS三沢)を聞きました。松山商の井上と三沢の太田との投げ合いで白熱した戦いになり、ついに延長18回0対0引き分け翌日再試合という球史に残る名勝負でした。終盤には、「どちらも点を入れるな、引き分けになれ」と思いながら最後まで聞いたら陽が傾きかけていました。

あの頃の西山天王山付近2

準特急さんが西山天王山付近の作品を発表されましたが、私も少し撮影していますのでお目にかけます。
1978.8.12 現西山天王山駅北端付近

西山天王山駅北東側にプールがありました。いつの間にかなくなりましたが、線路沿いにスライダーがあり、調子八角交差点近くに豆腐屋の2階建てビルがあったので許可をもらって屋上から撮影しました。

プール1

プール2

1980.4.29 長岡天神-大山崎

場所の見当がつきにくい写真ですが、円明寺の住宅の南側、小泉川に合流する小さな川の大山崎寄りです。撮影していたら女の子がやってきて勝手にポーズをとってくれました。演出ではありません。帰り際、畦に立て看板があって、それには「マムシに注意!」と書いてあり慌てて逃げて帰ったことを憶えています。

れんげ