【90994】客車廃車体訪問記 北海道編3

八雲町、せたな町2題を紹介する。

【八雲町の3扉車 他】

オハ51 5(左)  オハ51 41(右)  2017年5月4日撮影
函館本線八雲駅からせたな町へ抜ける道路沿いの、なんと個人の住宅として使用されている。3扉が特徴のオハ51 41と、2両のオハ51をそれぞれ半分よりやや長く切断した車体が分散して置いてある。切断した方が運搬費用が安いからであるが、41は搬入後再接合したが、残り2両は切断して長い方だけ搬入したと思われる。

オハ51 41
渡辺裕之『汽車住宅物語/乗り物に住むということ』INAX ALBUM13 1993年㈱INAX (→西村氏【1572】)には、過去に客車・電車が住宅として利用されていたことが記されているし、乙訓の長老から京都市電に住んでいる人がいたというお話をうかがったことがあるが、まさか21世紀の今日そのような事例があるとは驚いた。昔はやむを得ない事情があったが、今はそんなことはないだろうがそれにしてもよくこの客車が選ばれたものだ。
普通の家屋が3・4位貫通路・出入台で接続しており、台所等水回りはそちらにあるようだ。冬季の暖房や、走らないのでメンテがたいへんなのではないかと察する。幕板に「リバーサイドトレイン」と書かれている。
オハ51 41は1981年新潟製、札幌地区の混雑対策として1987年6月に苗穂で試験的に3扉化改造され、その後の電車の3扉化改造に反映された。廃車は1994年。3扉化されたのはこの1両だけである。貴重な車両がよくぞ残っていたものだ。

下は現役時代のオハ51 41である。

オハ51 41札イワ 同じ2-4位側  931レ  札幌東2丁目踏切  ここは踏切警手がいて、白旗を振っていた。高架化工事が進んでいる。現在はホンダレンタカーの店がある。3扉化して1987年6月21日の2946レから運用をはじめ、2946レ~931レで毎日1往復するだけの限定運用で、あとは岩見沢で休んでいた。
準特急先輩は「保存蒸機とその現役時代」を連載しておられるが、その客車版を真似ようと思っても、とうてい足下にも及ばない。当車は偶々3扉という珍車だったので狙って撮影していたに過ぎない。この他に本シリーズで現役時を紹介できるのは微々たるものであることをお詫びしておく。

オハ51 5
◆オハ51 5(1979年新潟)→1991年廃車
奥のサンルームとつながっている。

オハ51 48
◆オハ51 48(1981年新潟)→1994年廃車
オハ51 41は間違いないが、5,48といわれているものは、側面の標記からは確認ができなかった。

【せたな町の山あい】

スハフ42 506  2017年8月16日撮影
◆スハフ42 324(1955年日車)→スハフ42 506(1973年改造旭川)→1987年廃車
せたな町北檜山区二俣にある「バーベキューガーデン・メーメー」の客室だったようである。窓にはものものしい保護棒が付いている。これでは食事をしても、「鉄格子の中」のように思えるが。下画像床下の変なところにメニューの札が並んでいる。「時価」が多い。右はプレハブのトイレで、新しい。
現在は閉鎖している。横の店舗もシャッターを閉じたままである。山あいで人口も少ない土地で採算が厳しかったのか。雑草が生え放題である。以前、現車は廃車後、道の駅てっくいランド大成の国道229号線を挟んだ海寄りに、高い台座の上に乗って「レストラン平浜」として営業していた。画像を下に示す。

スハフ42 506  42.212359, 139.875748  井原 実所蔵  「スハフ42 50」まで読める。左側が食堂、右側が厨房で、まさに食堂車そのものである。海が一望できる。奥尻島が遠望できたであろうか。これは小生が撮影したものではなく、札幌に住んでいた友人が仕事で出張した際に撮って送ってくれたものである。現在は「てつ平・ひらら交流館」という建物になっていて、階段が残存している。

 

客車廃車体訪問記 北海道編3” への6件のコメント

  1. 井原 実様
    イヤーいろんなのがありますね。乙訓の老人さんからは廃車体で台車ほか下回りのないものを「だるま」と呼ぶことを学びましたが「だるま」が結構ありそうですね。なかにはぶつ切りも出て来そうですね。レストランや民家などいろいろゲテモノがありそうで、米手作市さんの悲鳴もよくわかります。保存蒸機もひどいのにあうとがっかりしますが、「だるま」は見たことがありません。顔だけの保存は時々見ます。蒸機の保存場所は公園や学校などが多く一応形は残っていますが、保存が難しくなって解体されたものもあるようです。御健闘を祈って居ります。

    • 保存して見せる用途以外の客貨車は、台車が無いほうがただの箱になって据わりが良く、出入りするにも使いやすいからかもしれません。
      客貨車に比べると蒸機は大事にされていますね。それと、他用途に転用しようがない点もあるようです。

  2. ぶつぶつ言いながらも指の間から覗いてみている。
    準特急氏の言う、蒸機の保存と客車では趣旨が違う。蒸機は文字通り文化遺産の意味があり、子供たちへの教材として行政など公共機関が保存するが、客車や貨車は井原氏の言うように倉庫や小屋、事務所や店舗の安い版としか見られないから使い捨てである。それが口惜しいー!
    でも考えようによっては残っているだけでいいのかも。JRさえスクラップにするのだからね。ところで50系に中央扉をつけて3扉化とは!寒くないのかね?

  3. 指の間から見るより、壁に穴を開けてそこから覗いて見たほうがもっと楽しめると思いますので、ぜひお試しください。なお、米手様のやさしい感性で刺激が強すぎた場合は、見なかったことにして、部外に秘したうえ、忘れてください。以前は、ひっくり返ったままや屋根が抜けて放置されていたECやDCもありましたが、今回私がひとまわりした範囲ではそのような泣ける事例はありませんでした。

    オハ51 41の中央扉部分は、仕切があり両端の出入台と同様になっていました。

    • 国電ならクロ49ですか。扉は中央より少しずれていますが。JR九州の特急にもあったようです。

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