客車廃車体訪問記 北海道編24

【川湯温泉駅近く ホテルのカラオケ施設】

スハフ42 522  43.617180, 144.453426  2017年10月7,8日撮影 川湯温泉駅すぐ ホテルパークウェイ
◆スハ43 435(1954年新製 汽車)→(1961年改造 大宮工)オハ47 23→(1966年改造 大宮工)スハ43 435→(1976年改造 旭川車セ)スハ43 716→(1978年改造 旭川車セ)スハフ42 522→1984年廃車。
丹頂の里から約80㎞、着いたのが16時40分で、日が沈みかけていた。ホテルのカラオケルームとして利用されているようであったが、訪問した時は閉まっていた。夜に営業するのかもしれない。ホテルからこちらの側面は見えないので、青い塗装のままである。

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客車廃車体訪問記 北海道編23

【釧路市 炭鉱と鉄道館 雄鶴駅】

オハ62 95の台車  43.143821, 144.140966  2017年10月7日撮影
◆ナハ23412→(1954年鋼体化改造 旭川工)オハ62 95→1986年廃車。
釧路市丹頂の里温泉・道の駅 阿寒丹頂の里クレインズテラスの西隣の阿寒自然休養村野営場に「炭鉱と鉄道館 雄鶴駅」という建物があり、雄別鉄道関連の資料が展示されている。その裏手に赤茶色に塗られた一組の台車(TR11か)がある。以前は国鉄から雄別鉄道に譲渡されたC11 65と車掌車ヨ8057と連結して保存されていたが、痛みが激しく車体はスクラップになって台車だけが残り、野ざらしで置いてある。C11 65と車掌車は見たところ状態は良好である。「廃車体」とはいえないが紹介する。

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客車廃車体訪問記 北海道編22

【帯広駅 ツーリングトレインおびひろ】

スヤ42 1(左)  スヤ42 2(右)  1987年9月20日撮影
富良野と同様、駅ナカの簡易宿泊施設であった。1987年7月1日、釧路・根室駅と同時にオープンして間もない頃の様子である。バックは帯広駅舎である。その後帯広駅高架化計画によりツーリングトレインは廃止された。
マイネ40は、戦後外国人観光客用に製造された旧一等寝台車である。2両とも美瑛のスヤ52と同じ保健車であった。この2両は、形式は同じでも種車は別系列で、寝台車と座席車の違いもあり、外観に顕著な相違がある。
◆マイネ40 5(1948年新製 日車)→(1955年改番)マロネ40 5→(1968年改造 旭川工)スヤ42 1→1986年廃車。
◆スハ43 14(1951年新製 日車)→1964年近代化改造 土崎工→(電暖追設・時期不明)スハ43 2014→(1979年改造 旭川車セ)スヤ42 2→1986年廃車。

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客車廃車体訪問記 北海道編21

【旧新内駅跡】

59672寄りから  ナハネ20 132 ナロネ21 551 ナロネ22 153  43.158903, 142.814318  2016年8月15日撮影  最寄り駅:新得
◆ナハネ20 132(1965年日車)→1978年廃車。
◆ナロネ21 51(1958年日立)→ナロネ21 551(1970年大船)→1978年廃車。
◆ナロネ22 53(1960年日立)→ナロネ22 153(1969年大船)→1978年廃車。

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客車廃車体訪問記 北海道編20

【富良野駅 ツーリングトレインふらの】

スハ43 711(左)  スハフ44 15(右)  1987年11月3日撮影
◆スハ43 580(1954年新製 日立)→(1976年耐寒耐雪改造 五稜郭車セ)スハ43 511→(1976年改番)スハ43 711→畳敷きに改造(1984年9月5日旭川車セ)→1987年廃車。
◆スハフ44 15(1952年新製 川車)→1964年近代化改造 五稜郭工→カーペット敷きに改造(1985年)→1987年廃車。
富良野駅の簡易宿泊施設であった。駅至近距離というより駅ナカである。車歴のように畳敷き・カーペット敷きで、入口に照明を付けている。『鉄道ピクトリアル』485号89頁に写真があり、1泊800円とある。その後、派手に塗り替えられた後、富良野駅改築の為立ち退きになり、駅近くの某飲食店で利用され、さらに富良野市麓郷市街地の「拾って来た家」に2両とも引き取られた。

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客車廃車体訪問記 北海道編19

【美瑛町幸町4丁目 ライダーハウス】

スヤ52 2  43.587131, 142.476125 2016年8月16日撮影
◆スロ51 8(1950年新製 近車)→(1951年度改造 五稜郭工)スロ52 4→(1970年改造 旭川工)スヤ52 2→1986年廃車。
美瑛神社鳥居の交差点西にあるライダーハウス「蜂の宿」で「電車式 大衆居酒屋 安宿付」と看板をあげている。「蜂の宿」の宿泊客のサロンである。日が暮れたら営業開始で、飲み放題90分1000円の由。ちょうど夏のシーズンで、この日も若者のバイクが多数駐まっていて賑やかだった。西村さんの【92202】「いなでん」のように鉄道車両は何でも「電車」というのには複雑な気持ちがあるが、オーナーは若い気さくな人で、車内の撮影も快諾を得られた。現車はシートピッチが狭く評判の悪かった特ロで、その後診察室・レントゲン室・暗室等を備えた保健車に改造され、最初は釧路局のち旭川局で職員の巡回検診をしていた。スヤ52のうちでは珍しく出入台を増設し、1-3位側中央の窓が一部塞がれている。保健車時代にあった出入台下の大きな踏段は撤去されている。

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客車廃車体訪問記 北海道編18

【上川郡東川町北町12丁目】

オハ51 6  43.715465, 142.476868  1999年8月8日昼食を挟んで2回撮影。
戸袋窓が側窓と比べてやや小さい。これはオハ51とオハフ51の1~10の特徴である。
木工会社の倉庫のようで、1999年には手前が広々としていたが、現在は木材がギリギリまで高く積まれ非常に見えにくい状況になった。ここは旭川の会社の同僚の車で走っていた時に偶然見つけたもので、たいへん幸運であった。オハ51初期車の廃車体は貴重である。
◆オハ51 6(1978年新製 富士)→1991年廃車。

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客車廃車体訪問記 北海道編17

【深川市納内町3丁目】

オエ61 59  43.729724, 142.136050  1996年8月4,6日撮影
納内町3丁目のセイコーマート(当時はローソン)の東隣にあったガソリンスタンドの倉庫であった。今はガソリンスタンド共々現存せず、「ふるさと」という食堂になっている。

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客車廃車体訪問記 北海道編16

【旭川市 永山北二条11丁目】

オエ61 80 1997年8月24日撮影
宗谷本線永山駅から近い、道道761号のローソン旭川永山北2条店隣の某会社の倉庫のようである。【91093】、【91771】と同形式のオエ61であるが、こちらは生え抜き(?)の鋼体化客車である。オリジナルのマニ60後期車からオエ61に改造され、名寄機関区の救援車であった。
◆ナハ23876→(1954年鋼体化改造 輸送機)マニ60 410→(1959年電暖追設)マニ60 2410→(1979年改造 旭川車セ)オエ61 80→1986年廃車。

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客車廃車体訪問記 北海道編15

【旭川市 永山北三条7丁目】

スハ42 70  43.810560, 142.414016  1997年8月24日撮影

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客車廃車体訪問記 北海道編14

【旭川市 永山北二条7丁目交差点南】

▲オハ51 21  1997年8月24日撮影
◆オハ51 21(1980年新製 富士)→1991年廃車。
運輸会社の休憩室のようで、高い台座に乗っている。宙に浮いているみたいで、車窓からの眺めは気持ちよさそう。その下にはいろんなものが置いてあったが、20年後に再会しに行ったところ、駐車場になっていた。

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客車廃車体訪問記 北海道編13

【旭川市台場1条6丁目】

オエ61 301  2017年10月9日撮影
第12回【91714】のすぐ西、国道12号台場2条6丁目交差点近くの運輸会社の資材置場で倉庫として使用している。
敷地北側の道路から南を向いて1-3位側を撮影。永年の風雪で屋根が痛み、シートで保護されている。バックの山の塔は、旭川サンタプレゼントパークスキー場山頂の<恋人の聖地 旭川ニコラス展望タワー>である。全国「恋人の聖地」の一つに選定され、ここから見る昼景は勿論、夜景は函館にも負けないそうである。

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客車廃車体訪問記 北海道編12

【旭川市神居町】スユニ50 512(手前)  スハフ44 16(見えないが奥にいる) 1993年10月14日撮影  旭川市神居町台場 レストラン古潭荘
国道12号の神居町台場交差点南側にあった所謂ドライブイン 古潭荘 で店舗として使用されていた。スユニ50の右に少し写っているのはキ751。建物・車両とも現存しない。

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客車廃車体訪問記 北海道編11

【深川市桜山温泉パラダイス跡】

ナシ20 7  オロネ10 2058  オロネ10 68  43.754609, 142.010047  1998年9月14日撮影  深川市桜山温泉パラダイス跡  最寄り駅北一已
画面右先頭からC58 98+ナシ20 7+オロネ10 2058+オロネ10 68

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客車廃車体訪問記 北海道編10

【旧上砂川駅跡】

スユニ60 218  43.480508, 141.989825  2017年8月15日撮影 旧上砂川駅跡
◆ナハフ25018→(1955年鋼体化改造 日車)スユニ60 218→1984年廃車。
1994年に廃線になった、函館本線砂川から分岐していた独立した線名のない枝線の終点で、上砂川町の東端に位置している。線路は西から東へ延びてきたので、ほぼ東西方向で終点のはずだと思うが、駅舎とホーム跡のようなものは南北に長い。角度が90度違うようである。1996年夏頃に移転したらしい。駅名標には「上砂川」と「悲別(かなしべつ)」が表裏に書かれている。TVドラマ「昨日、悲別で」の舞台になったらしい。また、「悲別」という演歌もある。
客車・車掌車の向こう側は、空き地が広がっており、公園でもなく運動場でもなく駐車場にしては区画のラインがない変な広場である。とにかく人がいないので、何も聞けない。町を貫通する道路はここより1本南で自動車の通行はあるが、駅の周りの道路は郵便局の軽ライトバンが走って行っただけである。通行人は皆無だった。現車は現在北海道で唯一残ったスユニ60である。灰色に塗装され、荒廃はしていないが塗膜が点々と剥がれ始めていて心配である。車掌車はヨ8055の由。

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客車廃車体訪問記 北海道編9

今回から都合により1回につき1箇所のペースですすめて行く。

【大麻駅】

スハ45 2  43.072287, 141.497383  1996年8月6日撮影  大麻駅  カレーレストランじかん

大麻駅南口。窓が大きく拡幅され車体が駅舎にめり込んでいるようで、よくできた張りぼてのように見えるが、TR47も履いていて本物の客車である。レストランの入口は駅舎内にある。現在は駅舎が改築され、無くなってしまった。ここは北海道立図書館の最寄り駅でもある。

◆スハ45 2(1952年新製 新潟)→1966年近代化改造 旭川工→1985年廃車。

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客車廃車体訪問記 北海道編 補遺

客車廃車体訪問記 北海道編1【90822】で紹介した函館市ききょう幼稚園にあるオハ51 5004の現役時代に撮影したネガが出てきたので、本編の途中で補遺として紹介する。函館駅で1997年10月11日(土)撮影。

▲オハ51 5004  2-4位側 快速「海峡」(何号かメモしていない)の2号車。左の3号車は、カラオケルームカー オハフ50 5010である。

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客車廃車体訪問記 北海道編8

函館本線星置駅・余市駅付近2題を紹介する。

【札幌市手稲区】

記号番号不明  43.129983, 141.209908  1995年10月12日撮影  最寄り駅:星置 ラーメンチェーン山岡家手稲店の裏
正面屋根上に「レストラン MERRY TRAIN」という看板を付けている。既に店舗ではなく、事務所兼休憩室のようだったので内部調査はしていない。現車は『鉄道ピクトリアル』441号96頁①に写真があり、苗穂工場で試作したサロンカー「旅路」である。正面中央に消えかけたトレインマークが残っている。手前の展望室にはソファがあり、絨毯室、個室寝台が設備されていたそうである。これはその後アルファコンチネンタルに結実した。
『鉄道ピクトリアル』718号59頁②にも「旅路」の写真があり、それらの写真と現車を比較すると、正面にスカートが増設されたことがわかる。展望室窓と屋根部の境目のパイプは此処で付けたものである。
現車は、①によればスハ45 37、②ではスハ45 40と食い違っている。ところがスハ45 37は振内の保存車(本稿第5回【91151】)であり、スハ45 40は次項のラーメン店「そーらん」で利用ということになっている。他にスハフ42 509やスハ45 12という説もある。塗り替えをおこなったようで、各標記は無く、銘板も無かった。狭かったため写真は撮っていないが、画面奥の妻面に尾燈が無かった記憶がある。これも現存しない。どなたか、是非ご教示いただきたい。

この時はちょうど札幌に出張中で、会社のコンパクトカメラを借りて撮ったので日付が入っている。

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客車廃車体訪問記 北海道編7

小樽市内3題を紹介する。

【小樽市総合博物館前】

スハ43 717  43.211358, 141.002044 2016年7月13日撮影 小樽市総合博物館前 レストラントレノ
小樽市総合博物館前で「レストラントレノ」という屋号のイタリアンレストラン。スハ43は客席で厨房は隣のワフ29688。
◆スハ43 277(1953年新製 日支)→(1976年改造 五稜郭車セ)スハ43 717→1984年廃車。
スハ43 717はスハ43形のラストナンバーである。

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客車廃車体訪問記 北海道編6

石勝線沿線2題を紹介する。

【安平町鉄道記念館】

スハ45 25  42.877047, 141.806459  2017年8月15日撮影 安平町鉄道記念館
◆スハ45 25(1953年新製 日支)→1964年近代化改造 五稜郭工→1987年廃車。
追分駅裏手に安平町鉄道記念館があり、スハ45 25とワム80000が3両置いてある。駅裏とはいうものの駅には裏口がなく、徒歩なら少し遠回りして歩かなければならない。公園のようになっているが、12時過ぎなのに人っ子一人居ない。前の道路を通る自動車もなかった。

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