八月だ、もっと熱くなろう!赤道直下のインドネシアSL撮影の旅 Part11 SOLO(ソロ市内線)

神谷武志企画のテレマカシーツアー  第7日目 8月10日 2の1

am; ソロ(スラカルタ)のIndah Palace Hotel 6:30→6:40 ソロ市内線(6:40~10:15)→
pm;
 →14:53 PC Tasikmadu(15:00~17:30) 17:28→ジョグジャBorobudurのManohana Hotel
▲ 
インドネシアのおかあさんたちは、笑顔一杯でたくましく見えました。Solo-Kota駅では、そんな光景に囲まれました。だから子供たちも元気に育っていくのでしょうね。

6:40、市内のホテルから約10分でPurwosari駅に到着しました。今日ぼ午前中は、この駅からの営業している支線を使ってのチャーター列車に乗車してのフォトランを楽しみます。


▲ 初めてのインドネシア鉄道の駅に入りました。古い駅舎ですが、ベンチを並べた広い待合室や食堂もあります。

切符販売窓口は2つで壁に時刻表と、運賃表が掲示されていました。上左は、Kutoarjo行きのローカル列車のようです。右は本線の長距離列車と思われますが、インドネシア語ですのでサッパリ分かりません。黒テープは”Batal”(キャンセル)としてありました。全体を見る限り列車本数は、少ないように思えました。
左は運賃表です。 Rpに値段に”00”を取った額が、おおよその日本円換算です。(例 Rp35,000→350円)かなり安いですね

事務所を見てみますと、左側に手動式と思われるポイント交換機がありました。日本の手動式交換機とは違った形状をしています。多分、オランダ植民地時代の年代物なのでしょうね。


▲ 我々が乗るチャーター列車に行きますと、なぜかおばあさんが幼児を抱えて乗っていました。待合室からはフリーで入れますので、チャーターと分かっていても遠慮なく乗り込むのですね。勿論、鉄道員も我々も何も言いません。OKです。

▲ 牽引機はC1218号機です。この駅のホームですが、5本あって全て線路を挟み込んでいます。乗降分離式ですが、さほど乗降が多いとは思えません。待合室からホームへは、跨線橋や地下道も設置されていません。線路を横断する昔からのバリアーフリー式です。これなら乗りやすいですね。

▲ 神谷隊長は、「駅発車後は一旦止まります。それぞれ好きな撮影ポイントに行ってください。」と言われましたので、先に行く方に付いていきますと、民家の中に踏切と腕木式信号機との組み合わせポイントに出ました。ここに決めて発車を待ちます。
7:00、発車を告げる汽笛が鳴って列車はやってきました。

▲ 7:17、一旦交差する道路前で止まってから、4車線道路に出てきました。勿論、道路は全ての交通を止めています。

これこそ道路併用軌道ですが、単線ですのですぐ横を反対方向からきたバス、タクシーやバイクが走ります。ちょっと間違えば正面衝突になりかねません。
そのためか、白バイ2台の先頭誘導が付きました。今まであちこちでフォトランを楽しみましたが、白バイまで付いた事などありません。初めての方々は大喜びでした。

途中から道路は、4車線とも一方通行に変りましたが、そのまま白バイ先導は続いていました。


▲ 路面電車ではありません。大きな都会の真ん中に、交通量も多い道路にまだ現役の一般鉄路が走っているので驚きました。道路を跨ぐ歩道橋に13人が1列に並んで撮りました。


7:55、Solo-Kota駅に到着しました。この駅で反対方向から来る列車と列車交換をします。待つ間を利用して、C1218号機は水補給です。
蒸気機関車の定期運用が終って久しいですが、まだ設備は使用できるように整備されていたのですね。
ここでも地元の皆さん汽笛を聞きつけて集まってきました。



▲ タイが「微笑みの国」なら、インドネシアは「笑顔の国」です。たくさんの笑顔に囲まれて元気をたくさんいただきました。笑顔こそが未来につながる事を改めて教えていただきました。ありがとうございました。
▲ Solo-Kota駅です。駅構内は全体も広く駅舎も立派ですが待合室はなく、切符販売窓口も1つだけです。駅前には、ベチャ(becak)とよばれている自転車タクシーが数台止まっていました。
8:22、交換する列車がやってきましたが、皆さん驚きです。私もこんなローカル線ですので、レールバス程度と思っていましたが・・・、立派な最新のDCです。

無停車で通り過ぎました。日本製? ご存知の方は教えてください。


▲ 8:39、ソロ川に架かるトラス橋を渡って停車しました。皆さん思い思いのポイントを探していかれます。私は適当に橋を入れて定番位置で撮りましたが、川の下から釣り人を入れて撮られた方、また干してある布地を前景に入れて撮られた方の作品は見事でした。こういった場面で、どういったアングルを選ぶかで写真の良し悪しが決まってきます。好材料があったのに生かせなかった事に大反省でした。
8:53、ここから折り返して正向き推進運転でSolo-Kota駅まで戻りました。帰りの沿線でも住民の皆さんが手を振ってくれます。まるでお召し列車を迎えるようでもありました。天皇陛下はきっとこんな感じで列車から見ておられたのでしょうね。こんな時は、陛下のように胸のあたりに手を置いて、振って挨拶するのが良いのではと言われ、猛者軍団は窓際に立ち手を左右にゆっくりと降りました

Solo-Kota駅で機回しをして進行方向に連結した後、再び街中の道路併用軌道へと出ました。
9:28、列車は、道の横に地元料理の屋台が並ぶ、ガラポ(Galabo)と呼ばれるローカルレストラン街の中をゆっくりと行きます。


▲ 通りに建つ独立戦争の勝利の兵士像。白バイの交通警官が車の交通を遮断して列車は進みました。
▲ ここからの戻りには、白バイの先導はありません。ゆっくり汽笛を鳴らしながらの最徐行での走行でした。

▲ 10:00、予定通りにPurwosari駅に戻りました。待合室は、大勢の乗客で一杯でした。

▲ 牽引したC1218号機は、日本国鉄の45型、60型を製造したドイツのHohenzollern(ホーエンツォレルン機関車会社)製。1927年に製造されていますので、現役85歳を迎えています。牽引された客車は木造客車でCR.16(ロングシート)、CR.14(クロスシート)の2両でした。今回、機関区にはいけませんでしたが、他にも珍しい機関車や客車があるのでしょうね。

この後直ぐにタクシマドゥ製糖工場へと向かいました。

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