昭和の電車 改訂版(21)ー近鉄 特モ2303号ー

乗ってみたかった!
「しまかぜ」のご先祖でしょうか?

13 thoughts on “昭和の電車 改訂版(21)ー近鉄 特モ2303号ー

  1. モ2300の入った急行には、子供の頃よく乗っていましたが2300には乗ったことがありません、というより避けていたようです。編成の一番伊勢寄りなので、行商の方が占有していた時間帯もあり、なぜかコンパートメント座席には座りにくいという思いもありました。今となっては惜しいことをしたと思います。2227型や2250型の入った急行もありました、旧特急色のままで急行に組まれていたこともありました。以前の写真展に出した写真で恐縮ですが、長谷寺~榛原間を行く宇治山田行きの急行です(昭和44年11月)。

      • 米手さま、説明不足で申し訳ありません。おっしゃる通り先頭が2300(記録が無いのですが多分2303)で、次がサ3000系、次の張り上げ屋根の車両が2227系(いずれも車番は不明)です。2303が準特急様が書かれていたような経歴とは知りませんでした、勉強不足でした。

  2. 「近鉄特モ2303号」について1968年11月28日に同じ番号の2303号を先頭とする宇治山田行き急行6連を伊賀神戸で撮っております。しかし、プレスアイゼンバーン社発行の「参宮特急史」には参宮急行デトニ2300形のうち2303号は1949年の特急レクレーション化改造後1957年にロングシート通勤車となり1971年に廃車されたとあります。私の撮った2303号は参宮急行デトニ2300形のトップナンバー2300号から引き継いで2代目モニ2303号になったようです。WAKUHIROさんのおっしゃられるとおり特別室はコンパートメントタイプで団体向けに良い席でしたが、行商人の荷物置き場でしみついた魚の臭いには閉口しました。3両目は最後まで残ったモ2200形の原形に近い2扉車です。熱心な近鉄ファン、私鉄ファン方とはよくモニ2300形車両に乗り近鉄について教えていただいたことを思い出します。

    • 準特急さん、
      体調は回復しましたか?
      今度京都へはいつ来られますか?楽しみに待っております。

      • 米手作市様
        11月10日ホームカミングデイに行われます当会の総会参加を最大目標にしております。先日、高校の同窓会が新橋であり、楽しく参加できましたので、京都での最大イベントは大丈夫と思います。間もなく四捨五入したら80になります。毎度同じような古臭い話ばかりをして恐縮ですがどうぞよろしくお願い致します。

  3. 2303号みたいな車輛が、国鉄にあったら、知らない人は居ない存在になったと思うが、ちょっと残念。しかし近鉄ファンなら、知らぬ者はない電車なのでしょうね。小生の手元に撮り人知らず(こればっかりですが)の写真が数枚あるので、ご覧にいれたく存じます。コメントだと、1枚づつしか貼れないようですので、連貼りで、失礼致します。先ずは特別室側から。関先生の絵のアングルとほぼ同じです。

  4. 反対側正面は、片目だったのですね。如何に写真を持っていても、よく見ていないのか判りました。反省・・・。

  5. 宮崎さん、ありがとうございます。
    すばらしい!
    でもこんな貴重な者写真が一度に見られるなんて「眼福」者でございます。
    いくつか疑問も生じました。
    特室の窓は開くのでしょうか?開くなら下降式でしょうが、開かないならクーラーが付いていたのでしょうか?戦後5年ほどですからどうでしょうか?

  6. 実に端正でいろんな機能が詰まった楽しい電車ですね。大きな特別室窓は満点の展望だったでしょう。両運転台でトイレも付いてて近鉄社長の巡察車としての単車運用なんてあったのでしょうか。
    腰板のEXPRESSマークは当時の近鉄特急の良きアクセントで、その後は踏襲されませんでしたが、帝産バスの犬奈良交通の鹿などで今でも楽しめます。
    写真には号車番号札差しが見えませんが、幼少時に見た近鉄特急の号車番号は「い・ろ・は・・・」でした。2303客用扉横の上部窓に貼ってあるのが号車札でしょうか。
    宮崎さん、米手作市氏同様、眼に保養・脳に滋養ありがとうございました。

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