北のC62 全記録 〈16〉

昭和46年3月11日 初めて目名で下車 雪のC62を撮る

では、昭和46年3月訪問の撮影記、第一日目から始めます。前記のように、四人で、当時はまだあった胆振線に乗り、北湯沢駅すぐ近くのユースホステルに泊まり、朝、マイナス15度のなか、胆振線のDC列車に乗車。倶知安へ出て、10時16分発の524Dで、目名へ行きました。今まで上目名は、よく下車したものの、その手前にある目名の下車は初めてで、駅前には集落もあって、人間の生活感が感じられます。すぐ近くに、国道5号が走っていて、完全に除雪された道を、蘭越寄りに2キロほど歩いた函館本線をオーバークロスする地点へ向かいました。いまグーグル地図で見ると「逆川跨線橋」と書かれていましたが、ここは、あの廣田尚敬さんお気に入りの場所で、陸橋から、超望遠でとらえた、重連を圧縮した写真をよく見ました。待つこと、約1時間、背後に連なる後志の山々の麓から、あの懐かしい爆音がかすかに入ってきました。
カーブの向こうから現れた「ニセコ1号」、第一日目からして、前補機がC622とは幸先が良い。空も青空が広がってきた。さすがに、今までと違って、煙の具合は寒い時期ならでは。驀進、爆音はさすがC62!

付近は高度を稼ぐためカーブの連続、影から姿を現わした編成を、シャッターを何度も巻き上げて連写する。

北海道では初めての6×6判のカメラも持参して、三脚に据えて、ここぞと言う時にはレリーズを押した。と言っても、画角が少し広い分、この手の迫力を求められる列車の撮影には、適しているように思えなかった。ただブロニー判の粒子の細かさに憧れたが、いまや写真は、パソコンで見る時代、35mmであろうと6×6であろうと、モニターの解像度では区別がつかない。

「C62と雪」をテーマにした撮影となると、雑誌や写真集に発表された写真では、暗黙のうちに雪の条件が要求されていたように思う。つまり、
・道床まで積雪していて、見えるのはレールだけ。
・周囲の樹木も積雪した“クリスマスツリー”が望ましい。
・C62の足回りにも雪がこびりついた、“咬んだ”状態。
その日の朝に積雪があれば、ほぼ条件は揃うが、三つの要素が盛られていないと、“雪のC62”など吹聴するに値しないとのことだ。通過する直前に雪が止み、晴れてバリ順で撮れれば、言うことはない。今回は、決して十分ではないが、辛うじて合格点かなと思う。実際、このあと、各地を回ってからのC62重連の訪問では、雪の状態がすっかり違っていた。

後続の列車に乗って四人で長万部へ。例によって機関区へ行って、C622をじっくり観察した。

 

ピットに降りて、2号機を下から見上げてみる。▲▲雪が積もったアッシュ越しに2号機を見る。

やがて出区の時刻となり、機関士、助士が乗り込む。

長万部16時43分、下り「ニセコ3号」の発車時刻、いつもは構内でお茶を濁すところ、さすが四人では、強気の気持ちが出て、さらに進んだ小高い丘までラッセル進んだ。小さな神社があって、境内から見ると長万部の街が広がる。向こうには、海が見えている。雪のため、下回りが隠れてしまったが、2号機先頭の「ニセコ3号」をとらえる。

4 thoughts on “ 北のC62 全記録 〈16〉

  1. 総本家青信号特派員様
    雪のC62撮影に関する撮影の心構えさすがですね。私など重連の2両目を前補機の煙でつぶさないようにそのことしか考えていませんでした。と言いますのも明徳館でよくやりました写真展で煙モクモクの「ていね」を出したのですが正面がちに撮ったので2両目は全く写っておらずそれでも採用された苦い経験が頭に残っていたからです。C6216は広島で重連の先頭で撮っていますが多分回送だったのでしょう。私も当時流行ったマミヤプレス6×9版で撮りました。今でも鮮明な画像に感心していますが、確かに総本家さん言われる迫力はないですね。今頃遅いですが勉強になりました。

    • 準特急さま
      雪のC62のコメント、ありがとうございます。たしかに、余りに爆煙で、それが風に巻かれて、2両目本務が見えないことがあったようです。私は、そこまでの爆煙に見舞われたことがありませんでしたが、2両目本務の存在感は、冒頭写真のように、前照灯の存在が大きいのではと思っています。いかにも2両が力を合わせて牽いているという力強さを感じます。そのためには、線路端ではなく、やや高所からの俯瞰撮影を選んだことがありました。

  2. 昭和46年3月11日私は何をしていたのかな、と記録を見ましたら、根室納沙布岬にいました。15日16日銀山倶知安を彷徨いていました。21日が卒業式でした。目名の写真すばらしいですね。

    • 逗子のTさま
      先ごろは、グルメなTさんにご案内いただき、たいへん楽しい時間を持てました。ありがとうございました。その時にも、昭和46年の様子をお聞きしました。私たち四人組は、この写真を撮ったあと、道東へ移動していますから、ちょうど北海道のなかで、入れ違いの旅をしていたことになりますね。ぜひぜひデジ青誌上で、Tさんらしい、素晴らしい数々の写真を見てみたいと、願望しています。

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