昭和の電車 改訂版(69)ー名鉄モ400型ー

昭和46年まで現役でいられたとはおどろきです!
いまも岡崎で保存されているのでしょうか?

9 thoughts on “昭和の電車 改訂版(69)ー名鉄モ400型ー

  1. 私も1973年3月25日に谷汲駅で撮っています。鉄道ファン1965年7月号の「名古屋鉄道支線めぐり」の谷汲線と揖斐線の写真を見て、いつかは行ってやろう思っていました。谷汲駅で撮ったものですが、かなり経ってから写真を見てみると連接車とわかりびっくりしました。撮影時はあまり気にせず撮っていたようです。

  2. 準特急さんとどですかでんさん
    あなた方は湯口さんみたいな人たちですね。
    こんな電車は、だれも撮ってないだろうとあきらめていましたが、撮ってる人が、それも二人とは!
    まだまだややこしい電車が出てきますのでよろしく!

  3. 米手作市様
    客車の鬼と言われ、逆に客車以外は興味がないと豪語された米手作市さんですが、関先生の作品とご自身の関わりやコメントを毎回出されてその努力に頭が下がります。どちらかと言いますとオーソドックスな車両を中心としてきた私ですがややこしい、あるいはゲテモノがありましたら発表してみます。しかし、湯口さんのようなことはとてもできませんのでご了承ください。また、DRFCでは「こんなんありまっせ(自慢話)」が伝統です。水面下にはかつてのつわものがおられることと思います。あとからでも結構ですのでデジ青をにぎわしていただきたいと思います。

  4. 準特急さん
    “客車の鬼”とは過分なお言葉ですが、最近は、客車といえども興味がわきません。昨年、わらくろやツアーで山口号に乗りましたが、「旧型客車を忠実に復元」とはほど遠いコピー車にガッカリ、がっくりでした。私にとっての「客車」とは、機関車に牽引されてのみ移動すること、扉と窓はいつでも開けられること、BOX席であること、停車中は一切の音を発しないこと、床は木製で油引きがしてあること、です。便器の真上から覗くと砂利が見えること、は時節柄要求しないことにしました。
    毎晩youtubeで旧客の走行音シリーズで眠っております。

    • 米手作市様
      そうするとこんなんどうですか。扉は全部開けっ放しで各デッキには高校生がぶら下がっています。

        • 米手作市様
          1967年9月7日鍋島付近426列車です。人によってはスハ43系まで私はナハ10系までが客車と思っています。たまにはこんなんあったで客車版を見たいですね。

          • 会員諸氏から「これが俺が言う列車だ!」という写真をみたいですね。
            M田さんのように、スハ43系で編成された「立山」こそ列車だ!と言う人もいれば、10系を含めて旧客だ!と言う人もいます。いちどここで討論するのも良いでしょうか?
            私は10系は旧客に入れるのはどうも、と思います。車内が化粧合板で、蛍光灯が明るすぎること、床に「たんつぼ」がないことですが、最近は10系も旧客の仲間に入れてもいいか、と思ってもいます。諸賢のご意見はいかが?

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