「今でも気になる江若鉄道」に

藤本哲男氏の何時もながらのファイトとエネルギーは凄い。9月に後期高齢者になってしまったこの老人には羨ましい限りである。

ところで♯16203の「今でも気になる江若鉄道」で当方が「気になった」ことを。長門鉄道から江若にやってきた小型の旧ガソリンカーだが、長門の記号番号でならキコハ1/ハフ2→コハ6を混同されてはいないか。どちらも加藤車輛製作所製のマイナーな小型で幅も狭いガソリンカーなのだが、キコハ1は両端荷台つきのボギー車で端面はややきつい目のカーブ3枚窓(中央は狭い)、窓は下段上昇式。元キコハ2のハフ2→コハ6は片ボギー車で、ガソリンカー時代はボギー側に片荷台があったが、ハフ化で撤去した。端面がフラットで2枚窓、下降窓。


長門鉄道キコハ1 1955.3.18小月 湯口 徹撮影

江若鉄道ハフ2 入籍手続きをしないまま水泳客輸送にも使っていた 1957.2.15 三井寺下 湯口 徹撮影

江若がキハ42017→キハ11と共に購入したのは、コハ6ではなくキコハ1の方で、これが荷台つきのままハフ2と付番されたが、車籍に編入手続をしないまま。そのくせ夏の書入れ時にはちゃっかり使っていた。荷台に若者が乗るのを防ぐため、嵩上げしており、ちゃんと車体の塗り分けに合わせていた。


長門鉄道コハ6 北條秀一所蔵(上) 山本定佑1955.8.24撮影(下)

2 thoughts on “「今でも気になる江若鉄道」に

  1. 後期高齢者はボケております。長門鉄道キコハ2→ハフ2→コハ6は原型が下降式窓でしたが、我々の目に触れた時点では2段式化されてたのは、上の写真どおりです。修正させていただきます。

  2. 大先輩から「ファイトとエネルギーは凄い」とお褒めいただき恐縮しています。我々の年代=団塊の世代には、特派員さん、準特急さん、ほぼ毎朝出勤前に撮影されておられる犬伏さん、ロギング太郎さんはじめ、関東地区には私以上に「ファイトとエネルギーの凄い」方がおられます。

    元長門鉄道の小型客車の件、ご教示有難うございます。
    キコハ1とキコハ2を完全に混同していました。長門鉄道時代と江若鉄道での現役時代(ヤミ使用時)の貴重な写真を公開していただき感激しました。キッチリ記録されておられるのはさすがと思いました。
    キハ19を譲受けた時に一緒に付いてきた(要するにオマケ)であったことを、昭和40年頃、まだ三井寺下に廃車体があった時に年配の社員の方からお聞きした時、「グリコのオマケじゃあるまいし」と思うと同時に、昭和32年の夏(小学校3年)に見た記憶がパッと蘇りました。
    湯口先輩の写真の通り、ちゃんと塗装変更し、荷台には人が乗るのを防ぐため嵩上げする等整備していながら車籍に入れなかったのは「取りあえずひと夏だけ」という考えだったからでしょうか。
    翌年の昭和33年夏は、祖父の勤務先の慰安会で近江舞子に行きましたが、この車を見た記憶がなく、本当に走っていなかったのか、たまたま見かけなかったのか、その当たりは不明です。昼間から盛大にすき焼きパーティーをして、幹事が「酒を飲んだら泳ぐな」と叫んでいました。

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