近鉄8000系

近鉄は毎日通勤で利用する(していた)様な人は別として関西人でも形式などよくわからないのではないか。大阪線の急行が名張でブチ切れるとかのニュースも入ってくる今日この頃だがこの大阪線も形式判別が難しい。高市早苗総理は名門奈良県立畝傍高校から神戸大学に進み野球は阪神ファンとして知られているが通学にはどんな電車に乗ったのか興味あるところである。

さて本題の近鉄8000系も最近は廃車が進んでいると聞くが名古屋から京都方面に行く時にJRを利用せずわざわざ近鉄を利用した時に撮った写真を発表してみる。     8000系は奈良線、京都線用の大型通勤用車両で、昇圧に対応して1963、4(昭和38、9)年に登場した。大きく分けて8000系:昇圧対応、 8400系:8000系の機器配置変更車、 8600系:新製冷房車、 8800系:界磁位相御のモデル車があり1980年までに208両が製造された。外観は一目見てもさっぱりわからないが好きな電車であり、名古屋から延々と急行大和八木に着き下の電車を見ると大抵はこの8000系が見られた。

系統立てて説明できないので撮影時期の古い順に発表していく。

最初は前回900系撮影と同じ1968(昭和43)年4月30日奈良線東生駒-石切間の特急上本町行き8036で1969(昭和44年)9月の奈良線、京都線、橿原線等の昇圧前である。▼

時期が大きく飛んで2013(平成25)年12月22日京都線新田辺-富野荘間の木津川橋梁に向かう8303(8400系)後部の急行京都行きである。このこの辺りもDRFCの仲間と旧型車、元奈良電車両、18200系釣り掛け特急車等を撮った思い出の場所で懐かしい。天気が悪かったが電車の通る頃に日が差してくれた。▼

2016年8月12日同じく富野荘-新田辺間の木津川橋梁である。8578(8000系)先頭の急行橿原神宮前行き6連。この時はDRFC応援でいつもお世話になっている清水敏史さんの車で大勢で行った。▼

2016年9月18日鶴橋駅進入の奈良線急行難波行き8353(8400系)。鶴橋駅は名古屋迄急行の乗り継ぎで利用する時に乘る駅でひっきりなしに車両が出入りするので見ていて飽きない。尚、気がついたことだが奈良線は難波行き、大阪線は上本町行きが終点になっているが奈良線の阪神方面直通を除いてきっちりと分けられているのだろうか。▼

2016年11月4日通勤客等で賑わう西大寺駅の準急奈良行き8101(8600系)。8600系は新製時からの冷房車で他の8000系と比べ屋根が深いというのが特徴の様であるががよくわからなない。▼

2018年7月12日橿原線橿原神宮前駅普通京都行き8111(8600系)と京都行き汎用標準特急22000系(ACE)の後部車両同士の並びで吉野、阿部野橋方向へ行く時はこの風景をよく撮ったものである。ゲージの異なる元はそれぞれ別の会社の接続駅で橿原線は行き止まり駅である。▼

2018年9月9日田原本線但馬-箸尾間を行く8416(8400系)新王寺行き▼

2018年9月9日天理線平端-二階堂間8308(8400系)。平端から天理線は左に大きくカーブしてして三つ目のJR桜井線天理駅に到達する。▼

2019年1月23日田原本線黒田-但馬間8409(8400系)新王寺行きで旧型車両の復刻塗装であるがこの色の旧型車というのは見たことがない。この復刻塗装はドデスカデンさんの情報だったと思う。▼

2019年1月23日田原本線黒田―但馬間8414(8400系)の新王寺行きは820系の復刻塗装で820系は京阪三条駅にも顔を出していたので見られた方もおられると思う。個人的には太った8000系よりも細身の820系の方が帯付きマルーンは似合っていたように思う。しかし、貫通幌付き正面3間窓は最も好ましい電車の顔。多分若い方からは反論があってもおかしくないと思うが最近はこの手の顔が少なくなった。▼

2022年7月21日大和八木駅の橿原線急行橿原神宮前行き8306(8400系4連)~1234の6連。▼

2022年7月21日橿原線近鉄郡山-九条間の8619(8600系)の急行京都行きで6両固定編成である。右は城の石垣で木々が繁茂して見えない。▼

2022年7月21日橿原線九条-近鉄郡山間8901(8800系)4連橿原神宮前行き。▼ 

2022年7月21日橿原線近鉄郡山-九条間で郡山城の石垣、櫓を見て走る京都行き8357(8400系)。大和郡山城は筒井順慶築城、大河ドラマの主役豊臣秀長の居城で有名。▼

石切駅の東側の新生駒トンネルを出る急行難波行き8621(8600系)。石切にある石切劔箭(いしきりつるぎや)神社は関西で「でんぼ(腫れ物・おでき)の神様」として非常に有名と同期の滝本さんから教わったことがある。▼

以上で前回の900系に続く8000系を終わる。近鉄特有の「モ」とか「ク」は慣れていないので全てカットさせていただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近鉄8000系」への16件のフィードバック

  1. 準特急様

    ご投稿ありがとうございます。このお顔は好きですね。昔からある近鉄の代表的な顔だと思います。

    写真は8800系(ク8900)です。8A系や1A系もよいですが、8000系列にも末永く頑張ってほしいものです。

    • 奈良の駅名研究家様
      私もこの顔が好きです。正面の列車種別と行先表示が全般に近鉄の顔を表していると思いますが、これは好き嫌いがあるかもしれません。最近流行りのLEDではなくはっきり見える布地の様な幕ですのでこれが写真写りにも幸いしています。車体の裾を絞った車両は丸みがあり柔らかさを感じますが、東急の旧5000系所謂青ガエルは裾の絞りが大きく格好いいように思いますが、満員の時ドアの位置にいると足の置き場に困ったことがあります。何れにしましても最近の車両はステンレスの冷たさに加えてパンを切ったような角張った顔がまた増えてきました。各社いろいろ事情があるとは思いますが世の中ギスギスしてますのでもう少し丸みを感じる車両が増えて欲しいですね。いつもコメントいただき有難うございます。

    • 準特急様

      一般列車では、奈良線系統は大阪難波行き、大阪線系統は大阪上本町行きとはっきりと分けられていますね。

      ひのとりを含む、難波~名古屋・賢島方面間を結ぶ特急は鶴橋の今里寄りで転線しますので、大阪線系統の列車が難波行きになることはあります。

  2. 準特急さま
    準特急さまというと=阪急のイメージが強いのですが、近鉄もキチンと押さえておられるのはさすがです。8000系にはこんなに系列があったのですか。全て8000型だと思っていました。仰る通り近鉄の車系はよくわかりませんね。8000系には20年ほど前に丹波橋~京都間の通勤利用でよく乗りました。当初は9000(だったか)の新型がチラホラ出現しだした頃でしたが、最初は付属の2両編成が多くまだ殆どが8000系でした。その後アイボリー系塗装の新車の登場(形式がわかりません)・増備や、地下鉄直通用の3200系(だったかな)の京都駅運用ができて、徐々に減ってきました。高度成長期の輸送を担ってきた8000系も他社同様交替期に入って久しくなりました。
    9葉目写真の濃緑塗装は元々は近鉄の旧型車の色で、近鉄線内運用のほか橿原神宮前・天理~京都間の奈良電乗入急行に3連で運用されていました。昭和40年頃に奈良へ美術館鑑賞に往復した際に600型?急行で往復しましたが、その後のメイン塗装である明るいマルーン塗装への塗り替えが始まっていて、3連中に濃緑とマルーンが混結され、まるでウバの厚化粧・百鬼夜行に思えて眼を疑った記憶があります。
    820系2連の京阪三条乗入もありましたね。一番鴨川寄りの4番線にちょこんと停まっていました。スタイルそのもは好ましい印象でしたが、そう大きくもない京阪車両に比べても細身で車高も低く、こじんまりした感じでした。懐かしい写真をありがとうございました。

  3. 準特急様
    こんな写真がありました。6枚目の準特急様の橿原神宮前駅の写真の反対側からの1968年5月5日の写真ですが、1番線は大阪線から乗り入れてきた臨時列車のモ1300形、2番線には橿原線の西大寺行の普通モ400形が停まっています。両線の車両の大きさの違いがよく分かります。奈良線系統が1500Vに昇圧する前年ですが、大阪線の一部の電車に「上本町-布施」間を600Vの奈良線と共有していた複線時代に600/1500V複電圧装置を整備していたので、「真菅-八木西口」間の連絡線のデッドセクションで電圧を切りかけ入線していました。
    9枚目の旧型車両の復刻塗装ですが、近鉄で通学していた3年間は旧型車が濃緑色(ダークグリーン)から近鉄マルーンに塗り替えられる途上でした。イメージ的には濃緑色はもう少し濃かった記憶がありますが、名車2200形には濃緑色の方が似合っていたと思います。

    • これはこれは大変珍しい貴重な記録写真有難うございます。大阪線の1300系は主に区間列車に使用されていました。簡易な複電圧装置も装備していたこととと思いますが何よりあの2200系と車長、車幅、出力が同じで橿原線に入るのに車両限界など問題が無かったのかと思います。1968年5月なら8000系は奈良線奈良まで入っていましたので京都橿原線にも車両限界はOKだったのかもしれません。そうするとその存在を知りませんでしたが、真菅-八木西口の短絡線もノッチを切ってゆっくり通過すれば問題はなかったということですね。阪急梅田-十三間の三複線完成前に京都線車両は宝塚線を使ってのろのろ走ったP-6のようなイメージですか。近鉄の名古屋線、大阪線の急行系旧型車は復刻塗装よりもずっと濃い緑だったと思います。またまた教えていただくばかりで恐縮です。

      • 準特急様
        コメントありがとうございます。奈良線の600V時代の吊り掛け式の小型車も近鉄マルーンに塗り替えられる前は全て濃緑色でした。
        1940年(昭和15年)の皇紀2600年祭を控え、国家神道体制にあって橿原神宮への参拝が奨励されていました。大量の参拝客を最短の経路で輸送するため大阪電気軌道も旧本線(現在の連絡線)を用いて「上本町-(現)橿原神宮前」間に急行電車の運行を開始し、戦前から大型の車両が入線できるようになっていました。1932年11月には1308がお招電車として徴用されたようです。
        「阪急梅田-十三」間の三複線完成後も京都線部分は昇圧せずに600Vのままでのろのろ走っており、「十三-南方」間にデッドセクションがあったことを思い出しました。京都-宝塚間の京宝特急(歌劇号)に使用された複電圧対応の710系が関連しているのでしょうか。

        • 伊勢神宮だけでなく橿原神宮も凄いものだったのですね。参宮奨励推進電鉄が近鉄だったのですね。短絡線はそういう意図で戦前からあったことは初めて知りました。奈良線の旧型車時代は全く知りませんがこの時の濃い緑は大阪線も名古屋線も同じだったようですね。残念ながら濃い緑の記録がありません。阪急は宝塚線も神戸線も電圧切り替えの前も後も同じマルーンでした。710は完全複電圧車(こういう言葉があったがどうか知りませんが)で日曜祭日には今津線に来ていました。

  4. 1900生様
    DRFC-OBの中でも人柄がよく知識豊富な1900生さんからコメントをいただき緊張しております。阪急は小学生のころから通学で利用し、元の新京阪系は鍛えられて覚えたもので大軌、参宮急行、大阪鉄道、伊勢電、奈良電などが寄り集まった近鉄は覚えられないのは仕方が無いことです。
    田原本線の青い色の復刻塗装が大阪線や名古屋線の旧型車の濃い緑色ということならわかります。奈良線の600V時代の吊り掛け式の小型車はマルーン色だったのでしょうか。京都線のマルーンの濃淡のある編成のことは知りません。丹波橋-京都間の近鉄線も小型車時代のイメージしかありませんが今は周囲が開発されて家が多くなっていますね。忘れていましたが京阪2000系も卵型で柔らかい感じでした。京阪2000系も近鉄8000系も昇圧前に登場し高度経済成長期を支えた名車でした。

    • 準特急さま
      ご返信有難うございました。過分のお褒めに与って穴があったら入りたいくらい恐縮しましたが、私は人柄はともかく決して知識豊富などではなく、通り一遍の浅学菲才な者で、とても準特急さまをはじめとして、皆さまには付いてゆけないとかねがね思っております。現役時代のBOXでの京阪×阪急論争場面ではそのような煽てに乗って、恥かしながら闘争心が萎えたこともありましたが、歳(年)を重ねた高齢の今ではもうそんな手練手管は必要はありませんので、どうかお気遣いなくご対応をお願い致します。
      さて一点、京都線の混色編成ですが、「マルーンの濃淡」ではなく「濃緑とマルーン」の緑と赤というドギツイ混色編成に驚いたという意味ですので改めて説明申し上げます。私の説明が拙かったため誤解を与えたようで申し訳ございませんでした。
      これからも貴重な写真のご披露を是非お願いします。

  5. 近鉄8000系列は、近鉄一般車の中でも「推し」の形式の一つでおります。先ず車体が大きいのがいいですね。巾こそ2800ミリですが、長さは、車体長のみで20メートルで、一般的な国鉄電車より少しですが大きいのです。この長さは、戦前戦後から変わっておらず、戦後ロクサンが入ってから国鉄並みの大きさになった関東私鉄とは違うのであります。話が逸れましたが、最近はだいぶ8A系が増えて来て8000系列も目に見えて減ってきました。でもやはり近鉄といえば自分にとってはやはり8000なのです。写真は京都線木津川台、今年の1月です。

    • 快晴順光は基本ですね。やはり綺麗に発色されています。ブギウギさんの写真は業界でも評価されています。ところで今では流行語大賞には入らないでしょうがデジ青初出場の新語にも上手い表現だなと思ってます。何といっても釣り掛けに変わる昭和の新性車はいろいろ試行錯誤を重ねたのでしょうが各社とも面白いです。有難うございました。

  6. 準特急様
    やはり、近鉄といえば私もこの顔を思い浮かべます。
    大学入学後に近鉄京都線を利用する機会が増え、この電車によく乗りました。一昨年の現役生最後のクローバー祭の帰りはデビュー間もない8A系に乗車しましたが、昨年お邪魔した際は8400系に乗車できました。

    • いつも旅行投稿を楽しませていただいております。私のモットーは常日頃の平凡な写真を撮りためて行く事です。なくなる頃に大金を徴収する各社の撮影イベントにはあまりで出かけずつまらんと思っても天気が良ければ気に入らない車両でもカメラに収めておくのがいいでしょう。

準特急 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください