保存蒸機とその現役時代(45)

保存蒸機といっても駅前、公園、学校等に保存されている静態保存機に対し、イベントなどに使用される動態保存機もある。今回から動態保存機も発表に加えさせていただく。

まず、JR東日本の高崎で上越線水上、信越本線横川を中心に時々関東各地等にも出向いているD51498を見てみる。

 

D51498は1940(昭和15)年11月24日当時の鉄道省鷹取工場で製造された。新製配置は岡山で、その後1951(昭和26)年12月に平、1963(昭和38)年10月に長岡第一、1966(昭和41)年3月に新津、1972(昭和47)年3月に坂町に配属され同年12月に廃車されている。廃車される前の1972(昭和47)年10月には鉄道100周年記念のイベントとして八高線で最後の走行をし、同年12月に上越線後閑駅前に保存された。その後、JR内で蒸気機関車を復活させる気運が盛り上がりⅮ51498が抜擢された。1988(昭和63)年後閑を出発して大宮工場で復活の整備が進められ今日につながるイベント運行が行われている。

 

2015.8.15 真夏の炎天下上越線津久田駅付近を行く水上行きD51498▼

2016.1.19上越線渋川を出て利根川橋梁を行くD51498+旧型客車▼

1972.10.29 八高線毛呂付近の鉄道100周年号のD51498▼

1969.10.10羽越本線鼠ヶ関 837列車酒田発男鹿行きD51498▼

 

 

10 thoughts on “保存蒸機とその現役時代(45)

  1. 準特急様
     D51の力強さがいきなり伝わってきましたね!
     橋梁を渡っていく蒸気が引く客車列車の美しさ、何ともいえませんね。煙は美しいけれど、はかなくも感じられます。

  2. マルーン様
    コメント有難うございます。高崎も関東圏にありながら地図上では案外新潟に近いのでその分結構時間がかかりますが、時々出かけていました。この辺りはかつて広島の通信員さんの庭先でした。

  3. 準特急様
    D51 498、たまたま電車屋の小生も撮って居ました!
    それも、1964年10月10日に新潟の加茂で。
    関西の国電が新潟の国電のルーツだった事を記録して置くべく、夜行日帰りの「強行軍」でした。2枚を添付します。

      • よく、お気付きで。
        反骨心旺盛だった「若き頃」、オリンピックがナンじゃい!と粋がっていました。

      • 河 昭一郎様
        何度も有難うございます。関東在住の人でもD51498の新津時代の写真を撮っている人は少なくなったと思います。

      • 米手作市様
        私など米手さんのお言葉についていけません。1964年は東京オリンピックや新幹線開業の年でしたね。東京オリンピック行進曲は古関裕而さんだったと思いますが、NHKのスポーツ番組の冒頭にかかる曲、甲子園の高校野球の「栄冠は君に輝く」など数々の素晴らしい曲を作っておられます。福島県のご出身ですが、米手さんのお好きな春日八郎さんと同郷ですね。

    • 河 昭一郎様
      有難うございます。どこでも見られたD51貨物の姿ですがよく撮られていましたね。新潟の関西ルーツの国電は当時の趣味誌で見てはいましたが、私個人の優先順位は後の方でした。まだ、茶系の関西時代の色でしたね。軽便やローカル私鉄含めて後になって撮っておけばよかったと悔やんでおりますが後の祭りです。新潟色と言われた赤黄の70系は渋川の利根川を渡った先で撮っていました。また、元のクハ47の3扉化後のクハ68200番台は信越線(今のしなの鉄道線)で撮りました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください