連接車4

今回は連接車の多い広島電鉄と筑豊電鉄を採り上げてみた。

広島電鉄には皆さんよくご存知の通り京都市の1900形をはじめ各地の路面電車を元の色のままで走らせる等興味深いものがある。最近はヨーロッパスタイルとでも言おうか長い新型連接車も見られ、私のような何でも屋にはとてもその全容を把握するのは無理である。広島県在住の方や路面電車のご専門の方々のコメントをお待ちしたい。尚、新型と表現したが、最近よく使われるLRTなのか軽快電車なのか今一よくわかっていないのであえて使わなかった。新型路面電車の中にはLRTや軽快電車でないものもあるのであろう。

1977.10.8  宮島線井口付近 2505

1961年~66年に製造され後に3100形に改造された。改造されずに廃車されたものもある。この時は荒手車庫で阪急から譲渡された今津線500形、嵐山線210形を撮影することが主目的であった。後方には併走する山陽本線が見られるが、まだEF58や80系が走っていた。

1977.10.8 荒手車庫 西鉄1203

西鉄福岡市内線から譲渡された頃の姿と思われる。後に広島電鉄3000形となった。

2008.9.8 胡町 3007

元西鉄福岡市内線1101、1201、1301形を改造、3007ACBは元西鉄1305A・1207B・1305B

2008.9.8 八丁堀~胡町 3703

 

2008.9.7 紙屋町西 3803

 

2008.9.7  宮島線阿品東 3904

暑い1日だったがこの電車の時は御日様が隠れた。

 

2008.9.7  原爆ドーム前~紙屋町西 3952

この日はセ・リーグで行ったことがなかった広島市民球場で阪神戦を見るのが目的であった。広島城を見学してぶらぶらと球場のあたりを歩いていたら「1番センター赤星」のアナウンス。この日はナイターでなくデイ・ゲームであった。ホテルに戻ってお色直しすることも出来ず、そのまま重いリュックで球場へ行く。この日も阪神は負けた。確か巨人に13ゲーム差をひっくり返された年と思う。

 

2008.9.8  銀山町 5107 

5連接車で何となくヨーロッパで見かけるスタイルである。顔は西武の30000に似ている様な気がする。

 

筑豊電鉄という名前は最近まで知らなかった。西鉄の子会社で1956年3月に開業しているので最近できた電鉄会社ではない。何しろ鉄道趣味という厄介な病にかかった頃は蒸機第一で、筑豊といえば猫もしゃくしもC55やD50を追っかけ、北九州電化にもあまり目を向けなかった。ましてや筑豊電鉄なぞ存在すら知らなかった。1964年10月の交通公社の時刻表が手元にあるが、それによると黒崎~筑豊直方70円、朝夕通勤時は2~3分毎、日中5~10分毎とある。JR直方からかなり離れた遠賀川の畔に高架の筑豊直方駅があった。大きな川に小さな電車では撮影するにも感が狂ってしまう。来る電車来る電車皆連接車でしかも吊り掛け車と聞く。スタイルはカルダン車なのだが。

2010.11.19  筑豊直方~感田 黒崎駅行き2003

西鉄軌道線1000系列を譲り受けて3両連接車に改造したもの。

 

2010.11.19  筑豊直方~感田 筑豊直方行き3005

2000形を車体更新したもの。乗客が少ないのか広電の長編成化とは反対に短編成化されている。

 

 

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