2009年 秋の中国一人旅 Part4 撫順炭鉱線へ

今朝は、大型台風18号(Melor)が、知多半島に上陸、本州を横断し、大きな被害をもたらしましたが、皆様方は、大丈夫でしたでしょうか。避けられない自然災害とはいえ、不幸にも被害に遭われた方々に、お見舞いを申し上げます。

第5日目 9月21日

昨日は、調兵山のSLが無事走行している事が確認できました。と、なると、次の確認事項として、今年度で閉鎖が決まっていて、運用は激減するだろうと、言われている撫順炭鉱線を走るジテの現状です。これが分からないと、今後の予定が立てられません。SL撮影料3日分を支払っていますが、こちらの方が先行しなければと、まず陽駅に行きました。

できれば、列車で行こうと思いました。瀋陽~撫順間には、時刻表には、掲載されていない区間列車が、未確認ですが、走行しているそうです。切符売場は、長蛇の列ですので、走行しているのかどうかを聞くには、30分以上並んで、待つ事が必要です。
長い時間を待つのは、面倒です。駅のキヨスクおばちゃんに聞いてみる事にしました。しかし、私の言っている事は、理解してくれたのですが、おばちゃんが返答してくれている意味が、さっぱり分かりません。何度も聞き直していると、わざわざ職場を離れて、私の前まで来てくれました。そして、駅正面を指さして、行ってみなさいと言っています。



行きますと、壁面に瀋陽を発着のD列車の時刻表に並んで、案内板がありました。緑色通路を南へ10m、軟座待合室で直接切符を買って、乗車するようにと書いてあります。時刻表もありましたが、既に10時30分です。13:18まで待つのは、時間がありすぎます。駅前のバスターミナルに行ってみました。

バスターミナルと言っても、間口の狭い古いビルを活用したもので、教えてもらわないと、分かりません。ここから、瀋陽周辺への街へと、バスが出ている。撫順行きもあるとの情報は、インターネットで確認済みでしたが、入ってみても行先別の改札口はなく、時刻表もありません。切符売場は、1ケ所だけで、待つ人多しです。

また聞くしかないようです。先ほどの経験を生かして、おばちゃんに聞きますと、来た道を指さして、右に回れと言っています。曲がってから、何10m行けば良いかを聞きましたが、同じく返答が分かりません。後で分ったのですが、標準語の北京語とは違っての、ちょっとしたアクセントがあって、慣れないと、聞き取れないそうでした。

とにかく言われるまま行ってきますと、狭い道路にずらりと並んだバスの中に、正面に、瀋陽~撫順と書かれたバスが止まっています。切符は、車内販売と言っています。乗車しようとすると、満席発車していきました。しかし、次のバスは、直ぐに来ました。乗客も多く、直ぐ満席になり発車です。次のバスも直ぐ来ていました。時刻表がない訳です。頻繁に出ています。

瀋陽市内は、渋滞の連続です。高速に乗るのに時間がかかりましたが、結局1時間20分で撫順駅に到着しました。切符は、車内販売で、10元(130円)でした。


着いた撫順駅を1年8ケ月ぶりで見ますと、大きく変わっていました。
まず、利用客は誰もいません。入口は、ロープが張られています。駅舎後方には、立派な高架軌道があって、アーチのある新駅ができていますが、まだ、開業はしていません。列車に乗るにはどうしたらいいのかを聞いてみますと、『北駅に行きなさい。タクシーで6元です。』と、丁寧に教えて下さいました。


撫順駅の、あの美しい装飾の施された天井はどうなっているのか、ロープで仕切られた入口を越えて入ってみました。駅員がおられたので、『日本人です。日本から、写真を撮りに来ました。入って撮って良いですか。』と、聞くと、『良いですよ。』と了解をいただきました。


以前と比べての現状は、ご覧の通りです。多分、補修をして保存されるのでしょう。

駅前の裏町食堂で腹ごしらえをしてから、タクシーに乗って、ジテの走行確認に向かいました。電車が走るのは、朝夕で昼間はありません。目的地は、以前の時刻表から、夕刻の1番電車が発車する、元龍山駅を目指しました。約30分で到着、ホームに上がって見ますと、発車待ちの電車は、影もかたちもありません。代わりに、業務用のDCが止まっていました。


職員らしき人に、電車は走っていないのかと聞きますと、そのとおりとの返答です。どこか、走っている路線はないのかと、路線図を見せて質問しますが、知らないと言います。今日は、昨日と違い絶好の撮影日和だというのに、がっくりしました。
ここにいても、どうしようもありません。近くのループ線の搭連駅に行く事にしました。


歩くと、30分以上はかかるというので、道路に出て、タクシーを探しますが、こんな場所では、車自体走っていません。無理やりに、走行中の車をヒッチハイクして、搭連駅に向かいました・

着いた搭連駅には、何もいません。しかし、レールは、ピカピカで走っている痕跡は、残っていますので、近くの踏切まで歩き、小屋の中にいた職員に尋ねてみました。すると、今は、東崗から機修まで、走っていると言います。

また、空車のタクシーが走っていなく、かなり待ちましたが、約15分後つかまりました。途中、公園駅で、凸形電機牽引の石炭列車を確認しました。一応、貨物は走っています。後は、ジテがいるかどうかです。


約15分で、東崗駅に到着。よく見れば、前回来た駅です。ここで、ムーミンやら、箱形電車を撮りました。前回は、午前中だけしか撮影時間ありませんでした。ジテを探して、古城子駅劉山駅まで行ったのですが、職員から、もう解体していないと言われ、泣く泣く帰ったのです。

その後、早川先輩が昨年の秋に行かれて、ジテを撮られたのには、びっくりしました。職員の言葉を信じたばかりに…。車庫へ再確認に行くべきだったと、悔しい思いをしました。それからは、自分の目で見て、確認するようにしています。

東崗駅の駅名版の裏には、以前の時刻表を白ペンキで消した上に、今の時刻表が書かれていました。何と、朝と夕刻に1本しかありません。始発と最終だけとなった撫順炭鉱線です。ほぼ、電車の運行は、停止した感があります。


待っている間に、ドンドン凸型電機に牽引された石炭列車が来ます。本当に、今年、閉山するのかと、疑うほどです。

ここまで来ての撮影は、諦められません。時刻は、15:30、時刻表では17:30となっていますが、本当に来るのか保証はありません。時間は、2時間もあります。むしろ、機修駅に行った方が確実かなと思いました。これが、正解でした。

急いで、道路に出ましたが、またまた、タクシーがつかまりません。仕方がありません、市内中心部に行けば、タクシーをつかまえると思い、バスに乗りました。途中で、タクシーがいる所で下車して、無理やり乗り、機修駅に行くように言いました。

若い運転手でしたので、道を熟知していません。撫順と言えど、広いのです。地図を見ながら、進路を確認していますが、どうも違う道を走っています。着いた所は、行き止まりでした。地図を見せて、間違っていると言いますが、周辺の住民を集めて、私の目的地はこの場所で、電車駅はなくなったと言いはります。

しかし、ここで妥協してはいけません。これから、私が言う通りに走れと告げて、誘導しました。自信はありませんでしたが、こうなったら意地です。言うとおり走らせると、ようやく電車の走る線路との交差点、踏切に出ました。

タシシーを止めて、踏切の職員に運行しているかの確認に行くと、通過時間を教えてくれました。これで、間違いなく走行している事が確認できました。後は、線路沿いの道を機修駅へと向かいました。

運転手は、ようやく間違いを認めて謝りますが、仕方ありません。ここでは、電車の駅等、メジャーではありません。彼も、初めて来た所でしょう。怒らず、ご苦労さまと、余分にかかった運賃を支払いました。約30分の乗車で、32元(416円)でした。


機修駅の駅名版の下にに貼りだしてあった時刻改正の案内文です。2009年7月6日以降のダイヤが掲載されていました。まとめましたのが、上の電車時刻表です。2009年7月3日付けです。それまでは、電車の運行が行われていたのでしょうか。しかし、今は、現実を直視するしかありません。

機修駅発車は、16:58.現在時刻16:20です。一人もいないホームで、ゆっくりと、その時を待ちました。

待つ事約10分、タイフォンが聞こえ、一直線にのびた鉄路の彼方から、待ち人来るです。

白い車体を左右に揺らしながら入線してきたのは、比較的に新しい806形3連の振興号でした。電車が着くと、駅の正面にある工場から、帰宅する工員が、結構集まってきます。

乗車率40%程度で、定刻に発車しました。駅のリニューアル化が進む、中国鉄路の撫順線と並行して、走行します。2つ目の望花駅で、早くの半数が下車しましたが、新たに沿線の工場からの行員多数が乗車して、座席は埋まりました。新生橋駅では、立席客まで出ました。


発車後に車掌が売りに来た乗車券です。1元(130円)でした。

沿線は、工場地帯が続きます。水泥厰駅を過ぎると、貨物ヤードが広がり、撫順炭鉱線の凸型電機にけん引された、長編成の石炭列車、セメント列車が、何編成も並んでいます。
電車のスピードは、最高でも40km/h程度で、ゆっくり走行です。

礦務局駅で殆どの乗客は、下車していきました。中国鉄路撫順駅に最も近い駅です。次の南台駅で、残った乗客も全部降りてしまいました。何か様子がおかしいと思ったら、車掌が来て、終点と言います。この電車は、東崗行きではないのかと聞くと、行かないです。確かに時刻表には、そう書いてあったのですが、降ろされました。電車は、直ぐに折り返して、回送されて行きました。


ぽつんと一人、ホームに取り残されて、終わりです。夕闇が近づいてきたので、何とか道路に出て、タクシーを待ちました。撫順駅まで行くと、瀋陽までの相乗りタクシーに、20元でどうかと、声をかけられました。

ちょっとがっかりの、迷走を重ねた一日でした。疲れていたので、乗車しましたが、同乗客が中々見つかりません。バスに乗り換えると言うと、一人だと、80元(1040円)で、行くというので、そうしました。

撫順炭鉱線の電車が、朝夕の片道1本だけの運行となってしまったとは、誠に残念です。しかし、張り巡らせた路線網と、しっかりとした軌道がありますので、今後LRTでも走らせれば、都市交通としての機能を十分に発揮できると思いますが、このまま閉山とともに、廃線になっていくのでしょうか。ジテは、どうなったのでしょうか。車庫駅では、何編成かが、留置されているのを見ました。

帰りの車中は、悔しさが、こみ上げてきました。今回の滞在中に、絶対に、再訪予定を組みたいと思いました。  Part5 へ続く

2 thoughts on “2009年 秋の中国一人旅 Part4 撫順炭鉱線へ

  1.  ぶんしゅうさんの中国人に対する猛アタックにはただただ感心するのみです。小生はあの喧騒の中で、英語は通じないので先ず、話すことは無理ですが、ぶんしゅうさんはよくがんばったものだと思います。小生の訪問も昨年9月ですから、丁度1年前でしたが、その旅行は全て友人に任せきりでした。その友人は2度目の訪問で、ある程度勝手を知っていたので助かりました。我々も瀋陽からタクシーで高速道路を使って撫順に向かいました。瀋陽のタクシードライバーでも撫順市内の道はよくわからず、友人がドラーバーに案内をしていました。さて、ジテが走ったのは全くラッキーだったと言うことで、ほとんどムーミンでした。数本撮った後は昼間は運行しないということで露天掘りの鉄道を見た後、貨物の撮影をして、空港に向かいました。瀋陽空港からはソウルに飛びました。8年前の同じ時期にはこの瀋陽から平壌へ飛びました。朝鮮高麗航空TU154でした。空港も新しくなり、鉄道も電化して、高速道路もどんどん出来て、中国の発展は毎年、目を見張るようです。

  2. 失敗談ばかりで、お恥ずかしいかぎりです。一応、出国には、インターネット搭で、問い合わせをしたりして、最新情報を取るようにしていますが、日本と違い、求める情報が、封印されているのも事実です。

    鉄道ファンがいて、情報交換をしてくれていても、広い中国です。一部の限られた情報を前もって、得ることは、不可能です。

    仕方なく、現地に行って、自分の目で見て、確認する以外に情報は、えられません。それほど、中国での発展は、急速に進んでいます。

    従って、情報収集には、根性を入れて対応しないと、ガセネタを聞くことになります。体当りレポートが多くなってしまいますが、中国人にとっては、当たり前のことで、何も不愉快感は持ちません。自分お主張をしっかりと相手に伝える事は、生まれてから教育されています。

    しかし大事な事として、中国人は、「メンツ」を、とても大事にします。接するときに、これを忘れてはなりません。日本流で言えば、『気配り」です。

    撫順炭鉱線も最新情報を、インターネットで配信していたHPもあったのですが、いつの間にか、閉鎖されていました。残念です。

    ぶんしゅう旅日記は、まだまだ続きます。体当りの現地レポートをお送りします。

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