【19783】今でも気になる江若鉄道(Ⅵ)

前回まで(Ⅰ)気動車、(Ⅱ)駅、(Ⅲ)客車、(Ⅳ)貨物列車と貨車、(Ⅴ)国鉄バス若江線と話を進めてきたが、今回は(Ⅰ)の気動車で紹介の漏れた車両について話を進めたい。気動車については多くの趣味誌で紹介されており、今更という気がしないでもないが、おさらいと記憶の呼び戻しの一助となれば幸いである。

【昭和44年4月1日時点での在籍車両】

〔非総括制御車〕キニ5両、キハ11両、ハフ4両
キニ4、キニ5、キニ9、キニ11、キハ12、キニ13、キハ14~キハ17、キハ20~キハ23、キハ51、キハ52
ハフ2、ハフ3、ハフ7、ハフ8

〔総括制御車〕キハ5両、ハ1両
キハ5120(元キハ30)、キハ5121(元キハ18)、キハ5122(元キハ19)、キハ5123(元キニ6)、キハ5124(元キハ24)、ハ5010(元キニ10→ハニフ10)

この内、非総括制御車のキハ17、20~23と総括制御車の解説を(1)で行ったので、今回はそれ以外の車両について解説する。

キニ4、キニ5
昭和6年日本車輌製で全長17.4mの堂々たる大型車で、エンジンはウォーケシャ6RDを搭載した。昭和16年木炭ガス発生装置を取付け代燃車化したが、キニ4は昭和26年1月、キニ5は25年3月に日野DA54を搭載してディーゼル化、昭和30年11月にDMH17に取り替えた。正面は当初4枚窓であったが、昭和31年10月運転台を左側から中央に移設した際3枚窓に改造された。(1)で解説したキニ6→キハ5123は当初から正面3枚窓であった。


キニ4/上(
41-2-19)浜大津 下(44-10-10)三井寺下


 キニ5/上
(43-9-28)浜大津 下(44-10-5)三井寺下

キニ9、キニ11、キニ12→キハ12、キニ13
キニ9は昭和10年、キニ11~キニ13は昭和12年日本車輌製で、流線形の堂々たるスタイルは、戦前、戦後を通じて江若を代表する車両であった。
エンジンは国産となり、キニ9は川崎KW127、キニ11~13はGMF13を搭載した。キニ9に昭和18年3月、梁瀬式隔膜型圧縮ガス装置を取付けたが、戦後間もなく取り外され昭和27年8月DMH17を搭載した。
キニ11と13は、昭和23年7月日野DA54に取替えてディーゼル化、昭和27年8月DMH17に取替えた。
キニ12は昭和17年3月木炭ガス発生装置を取付け代燃化、昭和25年日野DA54に取替えてディーゼル化、昭和27年1月DMH17に取替えた。昭和35年3月大鉄車両で車体の大改造が実施され、写真のようなスタイルになった。
キハ12とキニ13は岡山臨港鉄道で再起し、同社のキハ5001、5002となった。


 キニ9/上
(44-10-4) 下(44-10-24) 三井寺下


キニ11/上
(39-12-15) こだま色の時 中(44-10-4) 下(44-10-5) 三井寺下


キハ12/上
(41-2-19) 浜大津 下(44-10-10) 三井寺下

キニ13/
(43-9-28) 三井寺下

岡山臨港鉄道キハ5002/
(49-11-23)  南岡山

キハ14~キハ17
キハ14~16は昭和25年、キハ17は昭和28年に国鉄からキハ41000形を譲り受けた。国鉄時代の車号は次の通りである。
キハ41014/8年3月日車(24年9月30日付廃車)→キハ14
キハ41023/8年3月川崎(24年9月30日付廃車)→キハ15
キハ41044/8年12月日車(24年9月30日付廃車)→キハ16
ハ41105/10年3月川崎(23年3月5日付廃車)→キハ17

譲受け当初、機関は日野DA55を装備していたが、キハ16は昭和33年3月にDA58に、キハ14、15、17は昭和35年5月DA59Aに換装した。車内は国鉄時代から変化はなかったが運転士席横の通称展望座席は撤去され、全室運転台になっていた。

ハフを引いてDTで走ることもあったが、DT編成の増結に使用されることが多かった。キハ16のみ御坊臨港鉄道(→紀州鉄道)で再起し、同一車号で使用された。また、キハ17が車内をお座敷に改造したことは(Ⅰ)に記述した通りである。

 キハ14/
(44-10-4) 三井寺下

 キハ15/
(44-10-4) 三井寺下

 キハ16/
(44-10-10) 三井寺下

紀州鉄道キハ16/
(52-1-16) 紀伊御坊

キハ51、52
昭和39年3月末で営業を廃止した熊延鉄道のヂハ201、202を譲り受け、順にキハ51、52となった。昭和28年3月帝国車輌製で、湘南形の正面はクハ86、クハ76の木製木枠時代を彷彿させるもので、2枚ずつ纏められた客室窓と相まって、いかにも戦後製らしい好ましいスタイルであった。機関はDMH17で、TC-2形液体変速機を装備していたが総括制御は不可能であった。車齢が若いので、廃止後次の職場での活躍を期待したが、買い手が現れず、惜しくも解体されてしまった。


 キハ51/上
(44-10-10)  下(44-11-1)三井寺下

 キハ52/上
(44-10-12) 近江今津 下(44-11-1)三井寺下

ハフ2(ハユフ15←キハ15)
昭和2年雨宮製作所製の元成田鉄道ガ101が前身。新製時車体長約10mありながら2軸車であった。昭和7年2月汽車会社でホイルベース過大の理由で片ボギーに改造された。戦時中の昭和19年1月11日成田~八日市場間の全線が運転休止(正式廃止は21年10月9日)となり、ガ101を譲り受け、キハ15となった。昭和25年エンジンを降ろし、近江今津寄りに郵便室を設置してハユフ15に改番、昭和28年窓の2段化と両ボギー化が行われ、昭和34年郵便室の客室化を行いハフ2となった。
内燃動車発達史上巻のP93に成田鉄道時代と片ボギー時代のハユフ15の写真が、下巻P82に両ボギー、2段窓化されたハユフ15の写真が掲載されているので、お持ちの方はご覧いただきたい。


 上
(39-12-29) 浜大津 こだま色 下(44-10-14) 北小松

ハフ3(←キニ3)
昭和6年1月、安曇~近江今津間開業に備え日本車輌で作られた。機関はブダ社のBA-6を搭載していた。昭和25年機関を降ろしてハフ3となった。


 上
(41-2-16) 浜大津 下(44-10-14) 三井寺下

ハフ7、8(←キハ7、8)
昭和7年に日本車輌で作られたディーゼル動車でダイムラーベンツ社製のメルセデスベンツOM5Sエンジンを搭載した。当時の技術では十分使いこなせず昭和16年はやくもエンジンを降ろしてトレーラー化されてしまった。


 ハフ7/上
(39-12-29) 浜大津 こだま色 下(44-10-14) 三井寺下


 ハフ8/上
(39-8-2) 浜大津 旧塗装 下(44-10-3) 浜大津

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