訪問介護の予定が一段落したので自分の仕事を再開します。
当時はまだ最新型の急行用電車153系を撮ったのでしょう。どこだか分かりません。
これは分かります。機関車はED15、右の電車は飯田線用の車両でしょうが国電は分かりません。
これは全く分かりません。多分、京都では見たことも無い凸型小型電機なので撮ったのでしょう。
当時EF18は全機が浜松にいたように思います。EF58の歯車比を変えて貨物用にしたのですが、外観は旧型のEF58と同じだったので思わずシャッターを切りました。右に車体を換装した新型のEF58がいます。思えばこのEF58やEF13など戦後の混乱が落ち着いてきて車体を換装する余裕がでてきたのでしょうか? つづく
米手作市様
3枚目の凸電は豊橋鉄道のデキ1001ではないかと思います。元西武鉄道の2号機で昭和30年8月に豊橋にやってきたそうです。時代考証的には矛盾しませんか?豊橋鉄道であれば海側ということになりますが、山側、海側の席を行ったり来たりされていましたか?
西村雅幸様
いつもありがとうございます。時期的には昭和35年10月ですから廃車になっていない限り合致します。海側か、山側かと言われれば分かりませんが、当然ながら同級生を蹴散らし投げ飛ばししながら、右往左往・八面六臂の活躍をしていたことにまちがいありません。最近の私をご存じの方には想像も付かない事でしょうが・・・