乙訓の老人は、大学卒業後に富山の企業で働いておられました。
この時期に会社が火災に遭い、それまで撮りためたネガや資料を全てなくされたのです。ここにご覧に入れる写真は全てその後に撮られたものなので、時期的に一時期の車種に集中しております。また、台数などの資料も当時のデータに準拠しており、その後変動したものもあります。
なお、一部に介護士が撮ったものも了解を得て挿入しております。
京福電鉄越前本線という。福井県へ電力を供給していた京都電灯が余剰電力の活用のため、大正3年4月10日に福井ー大野口間を開通させたのに始まる。因みに、「京福電鉄」という名前は、京都と福井を繋ぐ鉄道計画があったという意味ではなく、京都電灯の「京福送電線」から来た名前である。
国鉄との貨物車輌の乗り入れは昭和55年7月まで続いた。
▼1962年6月の京福・福井駅 モハ241型(241~244)モハ242 (右)ホデハ224 左端に、ダブルルーフのホクハ17型が見える
▼モハ251(251~254)はモハ241と同じく、越前海岸が国鉄周遊地に指定されたため増客が見込めると車体が新製された車輌。連結面貫通の両運転台車。
2001型は元南海の車輌で、12両が来ている。
▼新塗装のモハ251
▼モハ1101型 (1101~1102)
阪神のジェットブルーこと5101型の車体をホデハ1001型の電装品・台車に載せて昭和56年に登場
▼モハ2101型
阪神5231型の車体にモハ2001型の電装品・台車を履かせたもの。昭和57年製
▼モハ3001型 (3001~3008)南海11000型8両が昭和49年に入線。京福初の20m車輌
モハ3007、モハ3008は貫通扉をつぶして二枚窓に改造
▼モハ3003とモハ3007
▼モハ2201型 (2201~2204)
昭和61年に阪神の3301型を購入して、台車などは国鉄101系を流用
▼モハ5001型
1999年に新造した。モハ5002は2001年の正面衝突事故で廃車
▼モハ6101型 (6101~6112)
愛知環状鉄道から入線。100番台は片運転台、300番台は両運転台車。
こうしてみてくると、京福は京阪ではなく、阪神との結びつきが深いように思える。大正11年に嵐山線に阪神1型を譲り受けて以来の関係と言うことで、改造などが武庫川車輌というのも納得できる。
▼テキ6型 単車の電気機関車 大正9年梅鉢鉄工所
▼テキ521型(521~522)昭和24年 日立製作所
▼モハ271型 (271~273)昭和2年日本車輌製
小田急モハ1型→相模鉄道 1000型(1004~1006)
京福ではモハ271+272+273と三両固定編成で走ったが、272号を外して二両編成になった。写真はモハ271の廃車体
▼デワ100 永平寺線用に作られた単車の“有蓋貨物電車”と
ホデハ211 (211~212)昭和3年日本車輌製
▼ホデハ231+ホデハ221
何を血迷ったか、デキ6のNゲージプラ製キットを購入してしまいました。現在、製作中ですが本物も小さいし、その1/150なのでとにかく小さい。老眼の身にはつらいのであります。ところが、製作中にY字型ビューゲルのシャフトがポキッと折れて、さてどうしようと思案のところ真鍮パイプでシャフトを作ることに。いつできる事やら、いつ走ることやら。
以前にも投稿したように思いますが、勝山駅でのテキ6とモハ6104のツーショットです。平成24年10月30日の撮影です。ぷるぷるさんが大変お気に入りだったテキをひとめ見たくて勝山に立寄りました。旧貨物ホームに屋根がかけられ、ト68と一緒に保存されていました。木造の駅舎も大変良い雰囲気でした。
福井へ行ってきました。
えちぜん鉄道の福井駅が赤っぽい色の新高架駅舎に引っ越ししていました。今風のしつらえで、切符売り場や待合室、カフェなどが収まっていました。
西口は駅正面に福井鉄道が乗り入れ、駅のコンコースや広場には恐竜が沢山お出迎えしてくれます。
9月15日からJRはICOCAが使えるようになるようです。
29日から「福井国体」の開幕だそうです。
新幹線工事が行われており、えちぜん鉄道側の東口は高架工事中です。
ところで、京福の241型ですか、子供の頃はあこがれでした。ロマンスシートで他の電車よりかっこよかった!夏休みに海水浴客を乗せて、かもめ号のヘッドマークを付けて、三国港へ一目散・・・九頭竜川の鉄橋とかを渡るときは、徐行するのが残念だったけど・・・田舎の少年時代を思い出しました。
どですかでんさん、西村雅幸さん、マルーンさん
書き込み、ありがとうございます。
乙訓の老人様は大変上機嫌で、皆様からの書き込みに自力で返答しようと奮闘されています。しかし、「やり方がわからへん!」と補機の出動依頼が来ていますので今しばらくお待ちください。
しかし、書き込みには「ツッコミ不足や」とのご意見ですので、諸兄には今一段のツッコミをお願い致します。
次回は「一畑電鉄訪問記」でご機嫌を伺いますのでよろしくお願い致します。この8月、老人が酷暑の中、一人で一畑電鉄を訪問した「命がけのレポート」です。ご期待ください。