いざ青森へ -2-

「白鳥」と「オリンピア」

青森も山間部になると、日本有数の豪雪地帯となるが、平野部はそれほどの積雪ではないようだ。事実、昭和47年2月、北海道の帰り、連絡船で明け方の青森駅に着いた時もホームがわずかに白くなる程度で、以後の訪問でも大雪に見舞われた経験はない。

連絡船から降りて駅ホームに行くと、向かいホームに5時20発の「白鳥」が発車待ち。青森から、延々大阪まで、1000km以上を16時間余りかけて走り抜く。昼行特急としては破格の当時日本一の長距離特急で、今となっては考えられないような列車だ。この年の10月、日本海縦貫線の完全電化で「白鳥」は電車化される。

そして、左のホームに入線してきたのが、やや遅れて到着した臨時特急「オリンピア1号」だった。以前の掲示板でも触れたが、この時、札幌オリンピックが開催中で、観客輸送のため、上野~青森間に走った583系による臨時特急であった。上野を前日の19時30分に出て、青森には所定4時45分着、連絡船で渡って函館から82系の「オリンピア2号」に乗ると、札幌に13時56分に到着するダイヤだった。特急「オリンピア」と言えば、東京オリンピックの際に東海道本線に運転されたものが有名だが、札幌オリンピックの際にも、わずか2週間だけ運転された「オリンピア」だった。

午前5時の青森駅に並ぶ、82系「白鳥」と583系「オリンピア」。ヘッドマークもあるが、露光オーバーで、いくら焼きこんでも、ヘッドマークは表れなかった

 ▲その後、雪が降り出した。「はつかり」がゆっくりホームを離れて行った

津軽線はDC化されていたが、朝夕のみC11の引く客車列車が残っていた

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