駅を旅する 〈14〉

平戸口

前回の佐々から、さらに松浦線に40分ほど乗ると、平戸口に到着する。現在では、松浦鉄道の「たびら平戸口」である。と言っても、機関区も何もない中間駅だが、ここは、「日本最西端の駅」である。

現在の最西端駅は、沖縄のゆいレールの那覇空港駅が、最西端、最南端であるが、「日本最西端の駅」石碑は現在でもそのまま建っている。

平戸口IMG_0010sy平戸口駅は、平戸島への定期航路の最寄の駅であり、当時は、それなりに賑わっていた。現在、島へは平戸大橋ができている。駅舎は、現在の松浦鉄道になってからも、そのままのようだ(昭和42年)。

平戸口IMG_0012sy本屋寄りホームには、「日本最西端の駅」の石碑が建っている。石碑の揮毫は、平戸の出身、藤浦洸によるもの。藤浦洸と言っても、今ごろの人は分からないだろうが、その昔、NHKテレビの看板番組「私の秘密」の解答者で、同志社を中退した作詞家・詩人である。「別れのブルース」「悲しき口笛」などを作詞した(昭和42年)。

平戸口IMG_0011sy左は平戸口発長崎行835D、キハ55200+キハ1772の2両編成、右は28629〔早〕牽引の貨物列車だが、貨車はセム+ヨ(ワフ)だけの様子(昭和42年)。

平戸口IMG_0082sy2年後に行くと、DCは先頭車がキハ35系に代わっていた。平戸口発佐世保行833D。大都市近郊の非電化区間用に製造されたキハ35だったが、その非電化区間にも電化が進捗すると、3扉ロングシートのまま、どんどん地方線区に転出して行った。右は58648〔早〕牽引691レ(昭和44年)。

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