新年早々乙訓の長老が投稿された「秋田市電」の貴重な画像を拝見して感激している。
運行を停止したのが昭和40年12月末、正式な廃止は翌41年3月末で、団塊世代は未だ高校生で、私自身急行「日本海」に延々18時間乗り秋田まで行く勇気はなかった。
長老の書込みの通り、最も新しかった200形(201、202)が岡山電気軌道、次に新しかった60形(60~63)が南海電鉄に譲渡され、和歌山軌道線で使用された。
その後の経過について記してみたい。
岡山電気軌道
形式は1000形(1001、1002)となった。
オール単車の世帯の中に、中古車とはいえ新製から7年しか経過しておらず、なおかつ大阪車両で整備の上での登場は正に「掃き溜めに鶴」であった。
車体の老朽化により56年に車体を新製して7101、7102となった。
南海電鉄和歌山軌道線
形式は250形(251~254)となった。
41年入線時に大阪車両で車体の前後を少し絞り、ヘッドライトの2灯化を実施したが、僅か5年後の46年1月9日和歌浦口~海南間の廃止時に廃車された。
その2カ月後の3月31日和歌山市駅~和歌浦口、和歌山駅~公園前間が廃止され全線廃止となり、和歌山市内から路面電車が姿を消した。
浜の宮~琴の浦間のトンネルを出た251 / (46-1-2)
市バス
市電廃止後、市バスに代替されたが、平成に入ると乗客減と市の財政難から平成17年度で事業廃止が決定され、路線、車両は一日市(現八郎潟)~五城目間の鉄道会社、五城目軌道㈱を母体とする秋田中央交通に移管され、平成18年3月31日をもって事業が廃止された。
車両は、国内4大メーカーが揃い、大形からマイクロまで各種車両が路線に応じて運行され、バラエティーに富んでした。
バスの写真は、平成4年と6年に通りすがりに駅前と車庫で少し撮っただけであるが、参考までに車種別に掲示する。撮影日はすべて平成6年8月27日である。
秋22あ1480/59年式P-LV314L
ワンロマ車(ワンマンロマンスカーの略で一般車より座席のグレードが高く、近距離の団体や学校行事等に対応可能な車両)のため塗装が異なる。
秋田22い・353/4年式U-HU2MMAA
ワンロマ車の新塗装
秋田22い・464/5年式U-JM211HTN
「JM」は西鉄北九州線廃止時の代替バス用の車両として、西鉄と日産ディーゼルが共同開発した車両である。
秋田市交通局初のワンステップ車で、日産ディーゼルが売り込んだと思われるが、車体は富士重工製を架装した。
【リムジンバス】
秋22あ1176/56年式K-RA51R(日産ディーゼル)
秋田22い・444/5年式U-UA510LAN(日産ディーゼル)
市電については、乙訓の長老が貴重な写真と共に詳細に記述されたので、市バスについて平成6年の状況を当時の代表的な車両の写真を中心に簡単に書いてみた。
今はなき秋田市交通局の歴史の一齣として見ていただければ幸いである。
秋田市民です。秋田市営バスの姿を懐かしく拝見しました。
掲載されている中で2014年時点で現役なのは、秋田中央交通へ譲渡された「い358」と「き35」、秋田市教育委員会に移籍して白ナンバーに登録変更し塗装を変え、小中学校の宿泊研修の送迎に使われている「い444」だけだと思われます。
なお、日産ディーゼル製とされている「あ1301」と「い444」は、いすゞ製だったはずです。また、ワンステップ車は「JP」です。