思い出の明智、岩村、、、

宇都家氏の記事を大変なつかしく拝見しました。明知線と明知鉄道には何度か訪ねていますが、岩村の思い出を少しだけご紹介します。まずは国鉄時代。

昭和45年10月18日 岩村駅で発車を待つ明智行き461レ C1274

名古屋の友人の下宿を深夜にボログルマで出発し、夜明け頃に岩村駅に着いたのですが すごい霧でした。このあとこの貨物列車の追いかけを行った思い出があります。次は明知鉄道時代です。

平成15年1月4日 岩村駅にて 左 恵那行き6D アケチ12 右 明智行き 3D アケチ14

この写真は私が群馬県に単身赴任していた時期で、正月休みを三原の家で過ごすため片道800Kmの道のりをマイカーで走りました。休みが終わって群馬に戻る途中、中央高速を降りて、岩村に立ち寄ったときです。このとき明知鉄道ではまだ腕木式信号機、タブレットが使われていて、岩村駅長からは平成15年には自動化されるという話を聞きました。

岩村醸造の「女城主」

平成15年3月末で4年間の単身赴任を終えて、引っ越し荷物を満載してまたマイカーで三原に戻る際にも岩村、明智に立ち寄っています。日本3大山城と言われる岩村城にも登りました。海抜721mにある国内で最も高地にある山城だそうです。明治維新で廃城となり、数多く残っていた櫓も明治6年に取り壊されたそうです。宇都家氏も言われるように風情ある城下町でした。私も酒蔵好き、地酒ファンですので土産に「女城主」を買い込みました。ところがお店にトロッコレールがあったとは気付きませんでした。またレトロなおもちゃ博物館のことも初めて知りました。国鉄時代からはもう半世紀近く、明知鉄道になったあとももう15年近くが経とうとしています。もう800Kmもクルマで走ったり、山城に登るのもためらう歳になってきました。再訪するなら乗り鉄、ジパングクラブということになりそうです。宇都家様、いろいろと思い出すきっかけを頂き ありがとうございました。

思い出の明智、岩村、、、」への2件のフィードバック

  1. 群馬の単身赴任先から三原のご自宅まで車で800㎞とはすごいですね。私は富山から奈良の自宅まで460㎞程でした。しかし、正月休み前後の車移動は根性を入れて走らないと大変です。私も寄り道をよくしました。廃止になった北陸鉄道加賀一の宮駅に立ち寄った時はNHKの取材クルーが来ていました。福井までは手取川沿いのR157号で勝山から北陸道です。しかし、今でもいろいろなところを走りたいが家のものに危ないからやめておけといわれるので、鉄道やバス、船を使って行くしかありません。

  2.  岩村のSL時代、非自動化時代の貴重な写真をご披露いただきありがとうございます。
     群馬~三原の運転は大変ですね。あちこち寄り道も楽しいでしょうが、それにしても長 距離、、、

     女城主さん蔵元はじめ岩村の街はほんと良かったですね。機会があれば再訪したいもの です。
     飲まれた地酒のラベルはコレクションされてるのでしょうか?

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