【85198】トレランスのあとは釜石から秋田へ

総本家青信号特派員氏より「トレランス8号三陸鉄道を走る」が紹介されました。記事にもありますように、私もこのイベントに参加し、大船渡線BRTと三陸鉄道に初乗りするとともに、震災後6年が経とうとしている気仙沼・陸前高田・大船渡・釜石・大槌の様子を駆け足ながら実見してきました。ここでは被災地レポートではなく、イベント終了後 釜石から盛岡、八幡平を経て秋田までの旅の中で出会った鉄道を紹介したいと思います。

製鉄で栄えた釜石ですが、現在高炉はなくなり 製鉄所は発電事業や鋼線製造に特化し、加えて津波被害もあって 釜石にはかつての活気は感じられませんでした。新橋・横浜、京都・神戸間の鉄道開通に続き 明治13年に釜石鉱山から釜石港まで 我が国3番目の鉄道として工部省釜石鉄道が開通しています。その後いろいろな変遷をたどりながら、昭和40年3月末まで富士製鉄の762mm軌間専用線として 蒸気機関車による貨物輸送が行われていました。その専用線で最後まで活躍していた蒸気機関車が保存されていますので、訪ねてみました。

富士製鉄釜石 209号機 平成29年6月12日 鉄の歴史館前にて

この機関車は昭和17年 立山重工製。形式は C1 20形と言い、軸配置と重量が形式名になっています。201、202号機が日本車両で作られましたが、それを立山重工などがコピーして203~209号機が作られたようです。国内の762mm軌間の蒸機としては最大級と言われています。この専用線には36‰の勾配もあり、重量級の鉱石列車を牽くためにはナローながら広火室を採用し、その荷重を従輪で支えるためにC1という軸配置になったようです。また当初飽和式で設計されたボイラーに戦後過熱装置を付加して過熱式に改造し、牽引力を大幅に向上させたそうです。サンドドーム後ろには大きな重油タンクを乗せ、コンプレッサとエアブレーキを装備し、ナロー機関車としては重装備です。写真のように屋外ながら頑丈な屋根もあり 保存状態は良好ですが、写真撮影には不向きな保存展示でした。

次は松尾鉱業鉄道のED251です。松尾鉱業鉄道は花輪線大更から東八幡平まで12.2Km、松尾鉱山からの硫黄鉱石輸送を主目的に敷設された鉄道ですが 昭和47年10月に廃止されています。そこで活躍していた東芝製凸型電機が保存されています。

松尾鉱業鉄道ED251 平成29年6月12日 松尾鉱山資料館前にて

松をかたどった社紋

昭和26年製であり、廃線になってからも45年近くが経過しているのですが、まずまずの保存状態でした。かつて花輪線のハチロクを撮りに来た時には まだこの私鉄も動いていたのですが、大更を素通りして龍ケ森に向かったのが悔やまれます。もと阪和電鉄の電車がいたことでも有名でした。

さて岩手県から八幡平を越えて秋田県に入ると かつての国鉄阿仁合線、角館線をつないで角館と鷹ノ巣を結ぶ秋田内陸縦貫鉄道があります。ここで1本だけ撮影しました。

秋田内陸縦貫鉄道 平成29年6月14日 西明寺・羽後大田間にて 212D

この車両はAN8900型で8901~8905の5両あるのですが、番号は読みとれませんでした。

最後は秋田臨海鉄道です。奥羽本線土崎駅から秋田港駅までJR貨物の支線があります。その秋田港駅から先が秋田臨海鉄道です。秋田港周辺には多くの工場があり、北線と南線で貨物輸送が盛んでしたが、現在北線は平成20年以降休止状態、南線は終点の向浜にある日本大昭和板紙秋田工場の専用線のようになっています。すべてコンテナ輸送です。南線には定期列車が3往復設定されていて JR貨物とともに短時間に効率よく撮影できます。下は秋田港駅ヤードにある詰所に貼られていた時刻表です。

秋田臨海鉄道のダイヤ 平成29年6月15日 秋田港駅にて

左側は土崎・秋田港駅間のJR貨物の時刻表です。右側が秋田臨海鉄道です。北線は廃止ではなく休止中ですが、時々レールの錆落としをするための列車(単機)が設定されています。

石油化学踏切から望む秋田港駅全景。最も左の線が南線、中央が秋田港駅のヤード、右にカーブしてゆくのが北線。右奥には停泊中の船も見える

土崎から来たコンテナ列車は中央の貨物ヤードに入ります。そこでJR貨物の機関車から秋田臨海の機関車にバトンタッチされ、一旦推進で駅入口まで引き上げ、南線に向かって出発します。逆に南線から来た列車は土崎方面に本線上で停車し、バックで貨物ヤードに入るという運転形態です。従ってこの踏切付近にいると、JR貨物と秋田臨海の機関車の入換風景を楽しむことができます。

上の時刻表でもわかるように、1日の始まりは9時頃で まず秋田港発向浜行き21レを南線で撮影することにしました。

秋田港発向浜行き21レ 秋田臨海DE101251

次は土崎発秋田港行き951レです。

秋田港駅に入線するJR貨物951レ DE101197

先ほど向浜へ行った21レが22レとなって戻って来ます。

南線向浜発秋田港行き22レ DE101251

このあと入換えが続くのでずっと見ていたかったのですが、ここまでで秋田港をあとにすることにしました。ヤードの奥には秋田臨海のDD562が停まっていましたが、近づいての撮影はできませんでした。

秋田臨海 DD562  うしろのDE10は番号不明

このDD562はいわゆるDD13と同じ仕様の56Ton機です。もう1両DD561がいるはずですが姿が見えませんでした。これ以外にもDE10が5両留置されています。先頭がDE101673であることはわかりましたが、その後ろの4両は番号不明です。

DE101673他4両 DE101673はJR貨物色ですが うしろ4両は旧塗色で部品取り用か?

今回はレンタカーで回りましたので、公共交通機関では訪問しづらい鉄道を効率よく巡ることができました。地方鉄道巡りはクルマが不可欠なことを痛感した旅でした。

トレランスのあとは釜石から秋田へ” への2件のコメント

  1. 西村雅幸様
    釜石の鉄道の歴史のご紹介有難うございます。釜石と言えば新日鉄釜石ラグビー部が思い出されます。学生では無敵を誇った同志社も釜石には勝てませんでした。宮古、釜石、盛岡など地元の工業高校卒の選手を中心に実に立派な戦いをしておりました。クモハ73106東ウラさんに連れらて岩手開発鉄道を撮影した時に釜石に宿を取りラグビーの選手がよく通ったという酒場に行ったことがあります。秋田内陸縦貫鉄道ですが紅葉の時期に同じくクモハ73106さんに連れられて全線を撮影しました。実に景色の良い所でした。武家屋敷で有名な角館にも2~3度行きましたが、ここは縦貫鉄道と単線の新幹線の両方を無難に撮れる所です。土崎は国鉄工場で有名でしたが秋田港へ行く鉄道があるなど全く知りませんでした。

    • 準特急様
      いつもながら素早いコメントありがとうございます。今回の旅の目的は鉄道がメインではなかったため、鉄道はつまみ食い状態でした。秋田内陸縦貫鉄道はゆっくりと沿線風景を撮りたいと思わせる雰囲気がありました。最近のDCは加速もよく 道路事情にもよりますが、クルマでの追っかけが難しいのが難点です。事前にしっかりダイヤと地図を確認し、上下列車をどこで待ち受けるかを計画することが不可欠です。今回角館から秋田に向かう比較的開けた田園地帯にもクマ出没の警告看板があちこちにあり、実際にクルマの前をクマが横切るという幸運?にも恵まれました。山菜取りでクマに襲われる話はよくありますが、内陸縦貫鉄道では「鉄道マニア クマに襲われる」ことのないように注意が欠かせません。秋田臨海はDE10とコキだけでおもしろみはありませんが、一度はのぞいておきたかった鉄道なので まずまずの成果でした。それにしても準特急殿が全国クマなく足跡を残されていることを再認識致しました。

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