ここはどこ?私はだれ?【臨2】

先行する定期列車が通過しましたので、そろそろと出発します。

今回は簡単なので初参加の方々からの解答をお待ちします。

15 thoughts on “ここはどこ?私はだれ?【臨2】

  1. 場所はともかく、この機関車を見ると赤塚不二夫さんの漫画のキャラクターを想像します。カエルのようなカエルでないような原っぱ三人衆の「べし」のような感じ。ところでSさんがご存命のころの投稿で同じ写真がありました。この時のコメントもヤンヤ、ヤンヤの賑わいです。

  2. へー、そうでしたか!失礼しました。
    でも、みんな忘れているでしょうからこのまま行きます。
    1900生さんのお答えを待っているのです。

  3. 指定席に乗車される方はおられないようなので、自由席からお邪魔します。米手作市様は簡単なのでとおっしゃっていますが手掛かりとなるのは、19640と二つ目だけですね。二つ目は確か北海道特有のもので、倶知安機関区にあって、函館本線、胆振線、岩内線で走っていたと書いてありました。ここまでは追跡できるのですが、胆振線、岩内線など行ったことがないのでその先はわかりません。
    函館線の山線のイメージとは違うような気がします。96が曳く貨物列車でヨの後ろはホキかセキのようですが、胆振線はもともと鉱石輸送の為に作られたそうでので、米手様が撮影された当時でも、鉱石輸送の貨物が走っていたのかもしれません。ここまででお手上げです。それにしても米手様いろんなところに行かれていますね。

    • 大津の86様
      いいところを突いています。あまり書き込みがないのでダレにも相手にされないのか、と考え込んでおりました。簡単すぎたのかとも思いましたが、たしかに手がかりが少ないのかもしれません。カメラの反対側、後ろ方向を見ればたちまち場所が分かるのですが、それは正解発表時にいたします。

      • 良いところをついているとお褒めのお言葉頂き、調子に乗ってもう一言。
        カメラの反対側を見ればすぐにわかるとのことでしたら、バックは羊蹄山が見えるのではないでしょうか?

  4. 近くであろうとグーグルマップで散策していると大横綱の記念館が見つかりました。ここは大横綱の生まれ故郷べし。

    • なるほど!
      私の世代は千代の山かと思いました。
      ところで紫の1863様や河 昭一郎様、西村さんなどからお声が出ないと言うことは良いことなのでしょうか?それとも「簡単すぎて答える気にならんわ」と言うことでしょうか?
      私は明日から五日間の旅に出ます。パソコンが使えないのでほったらかしになりますがお許しください。

      • 米手作市様
        千代の山を知っているのは私や米手作市さんより上の方でしょう。栃若なら総本家さんクラスは皆よく知っていると思います。ところでこの写真の有珠郡壮瞥町は北の湖の出身地で、千代の山は千代の富士と同じ松前郡福島町で昔でいう江差・松前線(今は道南いさりび鉄道)沿線ですね。北海道はこの他に吉葉山とか今でもNHK相撲解説に出られている北の富士とかハンサムな横綱がいました。脱線話でお邪魔しました。

  5. 北海道の蒸機は大沼あたりでしか撮影していませんので、よく知らないのですが、19640を調べると倶知安機関区の配置かと思われ、多分胆振線。
    「カメラの反対側、後ろ方向を見ればたちまち場所が分かる」と言うことは、特徴的な地形、一目でわかる有名な山があると理解できます。
    M本線から分かれて最初の駅と2番目の駅の間でしょうか。

  6. 五日間の余裕ができたと油断しました。さすが長老の甥御さんですね。
    正解です。
    では後ろを向いた写真をご覧下さい。

      • 1944年の6月30日の夜、昭和新山が噴火。なんと胆振縦貫鉄道が戦時買収される前日の事だったのですね。火山活動による地盤が隆起で壮瞥付近の線路は崩壊、保線と迂回の新線建設が火山活動の鎮静まで繰り返されたのですね。米手様のキハの写真、昭和新山と有珠山がはっきり写っていて、スッキリいたしました。ありがとうございました。

  7. 今回は難問でした。19640を見て路線はすぐわかりましたが、撮影場所の特定には至りませんでした。画像から得られる情報が乏しく、半径800メートルの曲線の途中としか分かりません。正攻法で攻めていては、埒があきません。ですが、小生はこの写真を見た覚えがあり、おそらく「どですかでん様」も早くから『壮瞥』に気付いておられたと思います。しばらく皆様のコメントを楽しもうと、タヌキ寝入りを決め込んでおりました。その間に撮影ポイントを探しておりましたが、壮瞥駅の両方向にそれらしきカーブがあって、決め手に欠いていました。
    ところが、先ほど「デジ青」を開いてみれば、ナ、ナント、答えが出ているではありませんか。「乙訓の御老人の甥御さん」は少ない情報から、よく答えを見つけられました。さすがは鉄研副会長、お見事です。
    米手さんの正解写真を見て、撮影ポイントが決められました。壮瞥駅から久保内駅側に10分余り歩いたカーブと思いますが、いかがでしょうか?胆振線は廃線になって30年余り、すっかり変わってしまいました。壮瞥駅の跡は町役場となり、米手さんの撮影ポイント付近には「道の駅そうべつ」があります。線路は少し南を通っていたようですが、有珠山・昭和新山は同じように見えました。
    後だしジャンケンのようで申し訳ありませんが、撮影場所の特定に手間取ってしまいました。いやあ、難問でした。

  8. 胆振線が廃線になってどれくらい経つのでしょう。
    私も大学卒業の前月に最後の旅で冬の北海道に渡り、胆振線も乗って車窓から昭和新山を写しております。1983年2月25日でした。

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