日光、下野の中継ぎ車両。205系600番台引退

2022年3月11日、宇都宮線(東北本線)の小金井~黒磯間と日光線で運行していた205系600番台が運行を終了しました。2013年の運行開始から10年足らず、走行区間も短いことからデビュー時の地味な印象な車両が最後まで拭いきれなかったと思いますが、205系のなかでも個性的なグループでよく見ると惹かれるものがあります。
東北本線の宇都宮から黒磯にかけて、かつて走っていた「北斗星」「カシオペア」の有名撮影地が点在する、首都圏から東北地方への雰囲気が色濃くなる区間という印象があります。関東平野の末端で活躍を終える車両を振り返ってみました。

日光連山を背景に走る205系。真横からは分かりづらいが、左は京葉線からの「メルヘン顔」、右は埼京線からの通常仕様の前面。

予想外の抜擢

205系600番台は、宇都宮線の末端区間で運行していた211系、日光線の107系を置き換えるために2013年に登場しました。4両編成12本が投入され、107系は廃車となり、211系は長野地区へ転属して中央本線などを走る115系を置き換えました。
1984年に山手線用として登場した205系は、首都圏の各路線や京阪神地区の東海道・山陽本線各駅停車、阪和線といった通勤路線で活躍をしていました。そんな車両が、東北本線や山岳区間を有する日光線に転用されたのは少なくとも自分にとっては意外に感じられました。

通勤路線から、幹線のローカル輸送と支線に移った205系

多岐にわたる改造メニュー

首都圏と比べると寒冷地である宇都宮エリアと、勾配の続く日光線を走ることから205系600番台では様々な改造が行われました。
帯の色は、日光線は茶色とクリーム色の帯を、宇都宮線はE231系と同じパターンの湘南色を採用しています。京葉線から転用した「メルヘン顔」と愛称がついている前面の車両が大半でしたが、2編成のみ埼京線から転用した通常仕様の顔をした車両が湘南色を纏っています。
特に通常仕様の顔、SNSでは「原型顔」として親しまれていますが、東北本線や高崎線、あるいは東海道本線に205系が登場していたらこのような塗装になっていたかも……という想像を掻き立てられる組み合わせです。

上野口や東京口で見てみたかった? 「原型顔」の205系湘南色

勾配線区である日光線に備え、抑速ブレーキと滑り止め防止のセラミック噴射装置を追加。この改造は日光線色と湘南色どちらにも施工しているため、塗装に関係なく両路線で運用が可能でした。

先頭車の連結器は205系では初となる電気連結器を追加し、朝ラッシュ時に8両編成で運行する際に活用していました。定期運行で活用する機会は1日2回程度でしたが、小山車両センターに所属する他の車両は全て電気連結器を設置していることから、取り回しを揃えようとしたことが推測できます。そのほか、パンタグラフはシングルアームパンタに換装の上2基に増設、車内にはトイレの設置が行われています。

車両性能で特筆する点として、起動加速度は211系と同じ性能に変更していました。本来の加速性能が失われていましたが、107系・211系時代のダイヤと極力揃えることや、線形に配慮した変更と考えられます。

日光線色の205系。帯色は「クラシック・ルビー・ブラウン」「ゴールド」「クリーム」の3色。側面には日光駅の駅舎と日光東照宮の「眠り猫」がデザインされたエンブレムも取り付けられていた。

2ドアセミクロスシートの205系? 「いろは」の登場

2018年4月、日光線色の編成を改造した観光列車「いろは」が登場しました。大幅にデザインを変更し2ドアとなった車体、車内はセミクロスシートと通勤形電車のイメージを覆す仕様となっています。当時のインバウンド需要を意識して大型荷物置き場や外国語表示に対応した車内ディスプレイを搭載しました。
化粧板の交換や木製の吊り革、さらに埋めたドアと座席の窓割りもきちんと調整されていて、観光列車としてレベルの高い仕上がりとなっていました。
特別料金不要の普通列車として日光線で運行していましたが、他の205系と同じ2022年3月に定期運行を終了しました。

近年、JR東日本の観光列車「乗ってたのしい列車」シリーズが相次いで引退をしています。新造による後継車両の投入を検討するタイミングが新型コロナウイルスの流行と重なってしまい、個性的な列車がそのまま消えてしまう傾向にあります。「いろは」も二代目が登場しなかったのは残念です。

205系「いろは」。日光線色のイメージを踏襲しつつも異なる塗装、埋められたドアが印象的。

車内。観光列車として手抜かりなく整備されていた。

205系は不向きだったのか?

通勤形電車の205系が勾配線区や本線系統へ投入されることに、ファンからの懐疑的な感想は少なくありませんでした。平坦線で高加速と高減速をする車両というイメージが強く、私自身も最初は同様の印象を抱きました。日光線での運行は特にネガティブに受け取られていたようで、車両故障が発生した際にはSNS上で205系が不向きであるという意見と共に情報が拡散されやすい傾向にありました。その結果、あたかも日常的に故障しているような印象となっていたようにも思います。

どうしてもイメージが先行してしまいますが、性能を確認するとモーターの出力は115系と同等、登坂能力も他の近郊形電車に劣るという記述はなく、少なくとも数値上は問題ないことになります。実際、最大40‰を有する富士急行に譲渡された205系(6000系)は現時点で大きなトラブルが起きている話は聞きません。

富士急行6000系。JR時代にはなかった急勾配に挑んでいる。

ただし、日光線は最大25‰の勾配に加えて駅間距離が長く、最高速度もやや高めの95km/hとなっています。高速走行と連続勾配、この二つの条件が重なった場合は問題が全くないとは断言できないように感じます。

イメージよりは不向きではなかったものの、完全にマッチした運用でもなかったというのが実情かもしれません。

宇都宮エリアからの運用開始から10年弱、製造から30年強として機器更新か置き換えかどちらも考えられるタイミングでしたが、JR東日本の一般形車両である新型車、E131系600番台に置き換えられます。

朝に2往復運行されていた8両編成。撮影者に人気のあった花形運用。

205系600番台の引退直前となった2022年2月からは、一部の車両には記念ヘッドマークを掲出していました。また宇都宮エリアの駅売店では引退記念グッズの展開、さらにJR東日本のECサイト(通販サイト)では記念撮影会の参加権の販売など引退ムードが盛り上がっておりました。地味な存在に徹し、新型車までの中継ぎといった活躍期間でしたが、暖かく見送ってもらっている様子から地域の顔となれていたことを感じました。

日光、下野の中継ぎ車両。205系600番台引退」への8件のフィードバック

  1. 寺田さんご無沙汰です。
     楽しく拝見しました。原型顔にメルヘン顔ですか!京葉線仕様はディズニーランドをイメージしてメルヘン顔になったんですね!この顔はそれまでの力強いがある意味無骨な原型顔とは随分イメチェンし別の電車のように思ってしまいますね。
     205系と言えばモーター音高く、力強く走るイメージがあります。横浜線は一時205系オンパレードで正直モーター音をうるさく感じたものです。
     205系はインドネシアでも活躍しているんですよね!関西でもまだまだ走っていますものね。でも今のうちかな!?
     日光線「いろは」は乗りたいなと思いますがなくなってしまうんですね。残念。
     また、いろいろ情報をお願いします。
     

  2. 平成25年3月25日、今市~日光間、107系から変わった直後の205系です。

  3. 寺田さま
    お久しぶりです。日光線、宇都宮線の北部の現況をレポートいただき、ありがとうございました。現地には、EF57時代から行ったことがない高齢者は興味深く拝見しました。205系にも、いろいろなスタイルがあるのですね。観光列車「いろは」の存在は知っていましたが、これも205系なのですか。きれいな車内は、まだまだ使えそうですが、インバウンドゼロが当分続く限り、やむを得ないのでしょうか。私にとっての日光線の思いは、60年以上前、東武鉄道に対抗して、157系の超デラックス準急「日光」を走らせた時代へさかのぼります。当時、子ども向けの図鑑で知った私は、羨望の思いで見たものです。山科の人間国宝さんが撮られた「日光」がありましたので、貼っておきます。

  4. 昭和47年12月17日、宇都宮駅、クハ55400他6両編成、鹿沼行です。
    旧形と107系の間に115系の時代があったのですが、撮影していません。

  5. 平成25年3月11日、宇都宮駅、107系から205系に変わった時のポスターです。

  6. 平成21年7月21日、文挟駅、塗装変更前の107系です。
    日光線向きにレトロ調に塗装変更されましたが、いくらもしない内に廃車になりました。

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