【34040】2013年 春の中国鉄路の旅 Part2 四川省広元の栄山鉄道へと向かう その2 上海からZ122次に乗って成都へ

第2・3日目 5月2日、3日
① 人民広場13:40(地鉄)→13:46上海駅15:00(Z122)→翌日11:29成都
② 成都駅15:53(地鉄)→16:02錦江賓館16:20(リムジンバス)→16:47成都空港

01_切符売場02_切符今日は朝から散歩で鄭州鉄道日記さんから教えてもらったホテル近くの呉宮大酒店の代理切符売場に行って今日発売の切符購入です。
左奥がその場所です。市内の多くはホテルの1階の端にあるのが多いようです。
帰りに「新華書店」がありましたので寄ってみました。さすが中国一の書店だけあって7階まで各階にジャンル分けした本が並んでいます。03_新華書店1向かうは鉄ちゃんコーナーですが、まだまだ中国人鉄ちゃんが増えてきたとはいえそんなコーナーはありません。しかし店員に時刻表はあるかと聞きましたら6階と返事が来ました。行ってみますと鉄関係の本はありましたが殆どは専門書です。くだけた写真入りの鉄ちゃん向けは存在すらありませんでした。03_新華書店2

03_新華書店303_新華書店4▲ ご覧のように殆どの本の表紙は興味が湧くのですが中を見ますと中国語の羅列で専門書です。全国時刻表はそんな中に積んでありましたので買い求めましたが、何と2012年7月号でした。店員に2013年4月最新版があるはずだと申し上げましたが、今あるのはこれだとの返答でした。中国で最も進んだ町がこれですからどこに行っても多分ないのでしょうね。

03_マクド10:08、コーヒーが飲みたくなったのでマクドで朝食です。店内は日本と同様ですが、老いたおばさんが客が食べ残したフライドポテトやらを探して口に入れている姿を見ますと、ああここは中国なんだと思わずにおられません。
03_市電▲ 南京路の横筋にはかつて走ったであろう市電を改装して寿司屋や模型店が出来ていました。今の上海には路面電車が走っていますが、トランスロールで浦東空港方面にあります。
03_南京路03_生煎03_温度▲ 13:02、南京路を散策した後はいつものコースで生煎を買い求めに行きました。すっかり有名店になっていて欧米人も食べに来ています。出来立てを4個で6元(100円)ですからリーズナブルなファーストフードです。人民広場のベンチで春の日差しを浴びながら美味しくいただきました。
温度は25℃。久しぶりに上海でのゆったりとした時間を過ごせました。ホテルに荷物を取りに行って、成都に向けての出発です。

04_上海駅▲ 14:04、人民広場から地下鉄に乗り余裕を持って上海駅に到着しました。混んでいる一般待合室は避けて軟座待合室で改札を待ちましたが、今日はここからホームには降りられず直前に一般待合室からとなりました。
04_上海駅Z122_104_上海駅Z122▲ Z122次の編成は、SS9-0192号機+軟座寝台5両+食堂車 +硬座寝台5両+荷物車の25T客車12両編成です。抜いてある車両が3両ありますので通常は15両編成と思われます。

列車受持ちは成都客車区で車両乗務員は女性です。車内も綺麗に整頓されていて中国鉄道随一のサービスを誇っています。
ただ唯一の不満は大丈夫と思っていた電源が切られていたことです。パソコンが途中で電源切れになってしまいました。

これから成都まで約2200キロを約20時間30分の乗り鉄旅になります。停車駅はわずか6駅の上海~成都では現在、最も早い列車です。

Z122次は昨年まではなかった列車です。今年に入ってから設定された列車と思われますが、実はかつてもっと早い列車があって乗車しました。電車寝台CRH1Eを使用したD358次です。乗車記事はこちらをご覧ください
04_列車比較

D358次は長距離電車寝台特急として注目を浴びて登場時には日本のTVニュースでも紹介されました。今迄30時間余り2泊3日を要した上海~成都を200km/h強で快走して、わずか15時間35分に短縮しました。
06_車窓しかし2011年7月23日に発生した浙江省温州付近にての中国版新幹線の追突衝突事故により、新幹線車両が足りなくなったために上海~北京に転用されて短い生涯を終えました。
このZ122次は、D358次のように新幹線の線上は走りませんが、沿った在来線のほぼ同じルートを走行します。最高速度こそ160km/hになりましたが、他の列車を圧倒する所要時間です。

04_車内弁当南京の長江大橋を過ぎると夕暮れが近づいてきました。そろそろ夕食時です。食堂車にしようか車内販売の弁当にしようかと迷いましたが、弁当が美味しそうだったのでこれにしました。値段は何と38元(約650円)です。中国鉄路の車販でこんなに高い弁当は初めてです。日本の弁当のようにご飯にゴマが振り掛けてあるのも初めて見ました。大変美味しく召し上がらせていただきました。
01_車窓01_車窓202_車内弁当
6:40、朝目覚めると列車は高い山間部をゆっくりと蛇行しながら走っていました。この辺りはD358次では走行しなかった区間です。
この列車のコンパーメントは、最初から最後まで2人でした。自動車のホイール製造会社に勤める20代後半の男性は非常にフレンドリーで日本が好きだ。次回の東京モーターショーには行く予定です。本当の日本を自分の目でしっかりと見て見たいと言っていました。

日本のマスコミでは中国の悪い点ばかりを報道することに終始していますが、本当はこんな青年や人民の皆さんが大多数なのです。今回の長い旅でも一度も半日感情むき出しの人民には会いませんでした。

車内販売のお姉さんが回ってきましたので朝食弁当を買いました。こちらは15元(約260円)と他の列車と同じ値段ですが、やはり美味しかったですね。

11:25、定刻よりも4分早くの成都到着です。上海は18分遅れの発車でしたので、実際の乗車時間は20時間11分になりました。

08_切符売場06_大娘餃子成都到着後に真っ先に5月20日の綏芬河→大連までの切符を買いに售票処に参りましたが、午後2時からの発売と言われてしまいました。通常は8時からですがどうも駅ごとで違っているようです。この辺りが切符販売の調整があるように思えます。

仕方がないのでまずは昼食です。今日は駅前の餃子チェーン店「大娘餃子」で餃子スープ25元(約420円)を頼みました。
下は、坐った2階席から見た成都駅です。

05_成都駅小竹先生一行の集合場所は成都空港で、午後7時と時間がありすぎます。切符が買えておれば荷物を預けてから地下鉄2号線の未乗車区間を乗車できたのですが、ちょっと無理っぽくなってきました。空港から広元までは約4時間もチャーターバスに乗らなければなりませんので動くのも体力消耗です。駅前のインターネットが出来るホテルで部屋を取って休憩しようと思いました。
知っているホテルは少し遠いので駅前の客引きおばちゃまに声をかけて予算50元(約850円)を告げますと、「安いね~、でも4時までなら聞いてみようか。」と言われて連れて行かされたのは、駅前横食堂が1階に入っている汚い人民アパートの3階の小部屋でした。こんな部屋は初めてです。でもインターネット回線はあったのでまあ良いかと納得して約3時間強を過ごしました。
07_宿08_切符部屋に入ってメールを見ますと小竹先生からできれば帰国への復路の切符を買ってほしいとの連絡が入っていましたので午後2時には部屋から出かけて私の分と一緒に買ってまいりました。

部屋では前回のミャンマー紀行記の投稿がまだ途中でしたので大変です。本当ならこの記事をここで書いていなければならないのですが、暇なようで家事に追われていました。
毎回同じことをやっているようで反省しても進歩がありませんね。

 

09_リムジンバス午後4時前には部屋を出ました。
駅前からも空港までのバスが出ていますが、混雑している一般道を通りますので約1時間半~2時間はかかってしまいます。一方、市内中心部から出るリムジンバスは直ぐに高速道路に入りますので約30分で行けます。
地下鉄に乗車して出発する錦江賓館まで参りました。リムジンバスの切符はわずか10元(約170円)です。今日のバスは順調で16:47、所要時間26分で成都空港に到着しました。

前回に来た時と比べて成都空港は新しいターミナルが出きて大きく変貌していました。到着ロビーと言ってもたくさんあります。さてどこで待てば良いか分りません。
今回広元を案内していただくのは、O氏とのツアーでもお願いしたことのある銀川の寧夏招商国際旅遊有限公司国際中心鄧さんです。もう到着しておられるだろうと電話を入れますと、事故があって遅れるのでどこかで待っていて欲しいとの事でした。バスが到着した国内線ロビー2階にスターバックスがありましたので、インターネットをしながら待つことにしました。

小竹先生も北京経由で到着されましたが、他の参加者の方がどちらのターミナルに到着されるかが分らず、第1ターミナルと約800mも離れている第2ターミナルを往復しながら探されました。
右往左往しましたが何とか集合時間までには到着出口が分って無事に皆さんとの集合になりました。日本人鉄ちゃんがよくいかれる空港ですので十分に考えておかないと大変です。今回参加された皆さんの出てくる出口は利用する航空会社によってそれぞれ違っていました。しかし無事に会えましたので一安心です。
成都空港からは広元まで約320キロ、高速道路をひた走り途中のサービスエリアで夕食を取っての到着は0時になっていました。

さあ明日から訪れた日本人の多くが公安に捕まった監獄鉄道の撮影スタートです。撮影禁止だった刑務所は昨年6月に移転しましたが、8月に行かれた方は2度も捕まって大変な目にあわれたそうです。しかし鄧さんに案内された丸谷さんは無傷で何回もの訪問撮影に成功しておられます。鄧さんなら関係各所に手回しが効いて大丈夫との連絡をもらってはいますが、ここは中国です。今回はどうなるかは誰も分りません。期待と不安を持っての就寝となりました。 Part3へ続く

2013年 春の中国鉄路の旅 Part2 四川省広元の栄山鉄道へと向かう その2 上海からZ122次に乗って成都へ” への2件のコメント

  1. ぶんしゅうさん、今どのあたりにいらっしゃいますか?南京路横筋の店舗に化けた電車、こんな台車があったのか?というものです。フレームは京都市電型と言われている600型で世に出たものですが、マキシマムトラックションであることです。日本で使用例があったかどうか?
    上海市電で使用されていたものなら、日本から輸出されたものでしょうが、どこが製造して送り出したものやら知りたいものです。どなたかご存じありませんか、日車の車両史に詳しい須磨の大人さん、いかがですか。

  2. これはコロ軸受ですな。少なくとも戦前の日本製路面電車では見らないでしょう。車体鋼板接続部に目板が張られ、その上からリベット止めとは、日本の技法―技術でもなさそうで、この電車は日本以外の国製では?

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