2016年 初夏の北陸路一人旅 Part5 富山地方鉄道

第4日目  6月3日 その2

12:17 城端線撮影から約40分弱、北陸高速道を走り富山地方鉄道不二越上滝線開発~月岡の水田地帯に到着しました。不二越上滝線は3回目の訪問になります。全線は17.3㌔ありますが、布市辺りまでは市内住宅地区を走りますので撮影地はなく、田園が広がる上掘~岩峅寺で気に入っています開発~月岡を選びました。
この辺りは散居村が多く、出雲平野の「築地松(ついじまつ)」と同じく、暴風・防雪対策のために住居の周りには屋敷林「垣入 ( かいにょ ) 」が設置されています。これを入れて撮ることにしました。
DSC_4125022▲ 12:40 開発~月岡 Google座標; 36.630039, 137.255710
東急から来た17480系(元8590系)モハ17484+モハ17483)、岩峅寺行き621レです。
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2016年 初夏の北陸路一人旅 Part4 城端線

第4日目  6月3日 その1

今日は朝から超快晴です。今まで何回も訪問してきましたがこれほど残雪の立山連峰の峰々がハッキリと見える日を迎えたのは初めてでした。道の駅福光なんと一福茶屋”でコーヒーを入れて朝食後、越中山田駅へと向かい撮影を始める事にしました。
DSCN5209035

▲ 8:30 越中山田駅に到着。1951年(昭和26年)8月10日 、国鉄時代に開業です。
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客車の座席―ロングとクロス

カビの生えたような古い写真ばかりを列挙し続けて誠に申し訳ないが、事のついでに国鉄ボギー客車の等級と座席につき、一席ブツことをお許し頂きたい。但し本格的な座席論などではなく、ホンの上っ面だけの茶飲み話程度である。

現在の電車での長距離ないし観光路線、都市間では特に競争が激しい区間などに、乗客優遇=他社線との差別化を目的にクロスシート、特に転換クロス車が投入されている。国鉄→JRの客車(通勤用多客改造車以外)、新幹線は等級にかかわらずすべてクロスである。しかし古くはそうでなかった。以下のような観点からの論及は、不勉強で従前見たことがないが、勿論例外はあっても、三等がクロス、あるいは転換片クロスだったのは、けして乗客優遇などという「優しい心遣い」などではなく、限られた床面に如何に多数の三等乗客を押し込むか、が目的だったと小生は考えている。反面一、二等はゆったりとくつろげるという観点から、ごく少ない例を除き、奥行きの深いロングシートが常識というか、当たり前であった。
九州鉄道イロブ1車輌図
九州鉄道イロブ1形式図(九州鉄道株式会社車輛図)
一二等ともロングシートだが、一等は一人毎にアームレストがある。 続きを読む

武庫之荘界隈と阪急ブレーブス

マルーンさんも認める阪急今津線沿線の有名校の同窓会は高齢の先生の出席し易い武庫之荘で行われた。桜の名所は4月8日では少し遅かったことは前回(2016.6.7デジ青72252「今春の撮影」)報告の通りであるが、もう一つ武庫之荘駅で今昔定点対比を考えていた。昔の撮影をした頃のプロ野球阪急ブレーブスのことと併せて報告したい。

武庫之荘駅での昔の記録は1968年10月17日で高速神戸発大阪梅田行き特急である。この日も西宮球場で行われた阪急-巨人の日本シリーズのPR、案内のため特急列車にヘッドマークが取りつけられていた。よく見ると駅のホーム柵には枕木が利用されており待合室もホームの中ほどにあるだけである。不便な感じもするが何となく昭和の時代の暖かさも感じられる。他の駅も概ねこのようんなのんびりしたものであった。電車は1034-1057の7連で今から見ると古さを感じる車両であるが半鋼製(阪急では全鋼製が多かったが)、吊り掛け車から全金製、カルダン車に発展した最初のグループで非常に近代的車両に思えた。それが、今では2代目1000系ができており時の経過の速さを感じる。ところで7両中前3両が3扉で後ろ4両が4扉であるが駅のアナウンスや乗車位置表示など混乱のないように誘導できていたのだろうか。会社によっては編成された車両のそれぞれの長さや扉の数がマチマチのところも多かったように思う。整列していたのに到着した車両の整列位置に扉がなくてお客は憤慨しながら両サイドの扉に向かって分散していったという話を聞いたことがある。

1068.10.17 高速神戸発大阪梅田行き特急1034▼s-白黒⑥68.10.17武庫之荘1034

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兵庫・鷹取工・高砂工・姫路6

その6に入る前に謹んで前稿の訂正を。加古川で撮影した2軸の救援車の形式をエ790と記したが、現に車体にちゃんとエ749とあるではないか。まさしく80歳目前の耄碌ぶりをさらけ出し、お恥ずかしいやら落ち込むやら。何卒ご寛容ありたい。

2軸木製救援車は最終時点エ740、エ770、エ790の3形式にまとめられ、エ740には旧客車だけでなく貨車からの改造も含まれる。あとの2形式の種車は、手荷物車、郵便車を含めた客車で、妻面に屋根上ランプ着脱作業のためのステップと手摺が残っているものが結構多かった。救援車になってからでも、出動は極めてまれ(本来ない方がいい)だから、屋根石油ランプが生きているものすらあった。加古川のエ749は当然形式740である。お詫びして訂正させて頂きます。

高砂を後にして姫路に。姫新線と播但線にはまだまだ木製客車が健在であった。鷹取工、高砂工に行ったのは先述の通り1955年7月16日だが、姫路はその前後に何回か行っているので、その間に撮影した車輌も一緒にご覧頂くことにする。
ナハ23776室内転換クロス1955.6.2姫路S

ナハ23776大ヒメ姫路1955.6.6S

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43年前の越美北線

ぶんしゅう殿の越前路の旅が連載され、なつかしく拝見しています。1973年(昭和48年)3月に越美北線を訪ねた際に追いかけたカマ28651が九頭竜湖に保存されていることを初めて知りました。以下は白山の山なみがまだ真っ白な3月15日の撮影です。

市波-小和清水間 足羽川鉄橋を行く 8153レ

市波-小和清水間 足羽川鉄橋を行く 8151レ

水害で橋が流され、長く不通となって廃線も話題になったのは確かこの橋だったように思いますが、ウロ覚えです。

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「兵庫・鷹取工・高砂工・姫路5」に寄せて

久方ぶりに湯口大先輩のお宝画像が登場し、じっくりと拝見しています。その中で控車ヒ104が紹介されました。釈迦に説法のようで恐縮ながら、控車には航送用と構内用がありました。このヒ104は構内用だと思います。大きな駅や操車場で入換機関車とセットで使われていました。さすがに私はヒ100を見たことはありませんが、ヒ600は写していました。

昭和44年7月28日 津山駅 C58236+ヒ628

昭和44年7月28日 津山駅 C58236+ヒ628

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広電ビール電車

よく冷えたビールが恋しい季節になってきましたが、こんな記事が載りました。詳しくは6月20日に広電ホームページにお知らせが載るそうです。

平成28年6月14日 中国新聞朝刊

平成28年6月14日 中国新聞朝刊

車両は768号のようです。768号は昭和40年代に大阪市交から広島にやってきた古老ですが、窓回りなどはかなり改造され、台車まで赤く塗られているようです。ところで 定員26名、広島・西広島間往復1時間40分で129800円だそうです。定員一杯の26人の団体として ひとり約5000円です。ビール飲み放題でお弁当付きだそうですが 決して安くはないように思います。そう思うと昨年の広島ツアーでの貸切電車は もちろんビールも弁当もありませんが 28名 約1時間で15000円 おひとり535円はお得感一杯でした。

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兵庫・鷹取工・高砂工・姫路5

木次線で盛り上がって、その間丸1か月空いてしまったが、その5を続ける。タイトルに従い高砂工場に行くためには加古川で高砂線への乗り換えが必要である。加古川には機関支区があり、当時まだ複線だった山陽本線鷹取以西は塩屋手前まで、国道2号線に沿い、海側に張り付いて走る。このため台風などの強風時は波をかぶるため電車の運行が止まり、加古川線のC12が客車共急遽出動して神戸―西明石間を臨時代行運転したものである。その後複々線化で海面を埋めて新たに2線分の敷地を確保し、防波堤ができてこのようなことはないし、第一近くに機関車や客車は一切ない。

その加古川に、何故かヒ=控車がいた。これは機関車が入れない可動桟橋などに客貨車を押し込む際、機関車との間の「控え」に使うのが本来だが、桟橋などあるわけない加古川ではどんな使い方をしていたのか、確かめなかった。ご存知の方のご教示をお待ちする。

ヒ104加古川1955.4.22S

ここの救援車は2軸車の形式エ790で、この形式には前身が客車と貨車と2種があり、これは残念だが有蓋貨車の改造である。客車の成れの果てなら板バネが長い。 続きを読む

2016年 初夏の北陸路一人旅 Part3 白川郷、城端線

第3日目  6月2日

5:30 朝の温度は12℃、山間の道の駅でさわやかな朝を迎えました。同じく宿泊されていたのは車3台です。
今日は合掌造り集落のある白川郷、そして五箇山を散策後、散居村の展望台から城端線の夕景を撮りたいとぶんしゅう7号を走らせます。
DSCN5194027_1DSCN5200028_1

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富山に行ったがや

 昨年は西条に「白牡丹」を飲みに行ったじゃけん、今度は富山で、ちょっこし遠い黒部へ行くことになったがや。ということで、6月4日の午後12時に電鉄富山駅に集合したやちゃ。しかし、第一日本語弁の大阪弁と違って、第二日本語弁の富山弁で書いていくのはかなり難しちゃ。もう富山弁で書くのはやめとくが。

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