広島短信

広島市は一時 準非常事態宣言対象地域になりかけましたが取りやめとなり、その後少し落ち着いてきています。とは言え油断大敵と私は巣ごもりを続けております。今朝の中国新聞朝刊に芸備線西三次駅に関する記事が載っていましたので、ご紹介します。

令和3年1月26日 中国新聞朝刊

現在の芸備線西三次駅は元芸備鉄道の終着駅でした。平成16年に菁文社から発行された写真集「芸備線・米寿の軌跡」に芸備鉄道時代の三次の玄関口だったことを示す貴重な写真がありましたので、引用させて頂きました。

撮影年月が不明。現三次駅まで延伸されるのが昭和5年なので、その前だろう

新聞記事の写真で自転車が1台置かれているのが、バスのボンネットあたりですね。ということで、右半分の庇部分が撤去されて、本屋が前に増築されたように思われます。県北の寒冷地ですので、防寒対策で改造されたのでしょう。

これも撮影年月不明

駅構内の様子です。停車しているガソリンカーはオヘソライトの3枚窓なので、2軸車のキハ5,6,7のどれかのように思われます。それより目を引くのは、線路を横断している装飾のある屋根?です。元の写真の上が切れていて全体像がわからないのが残念ですが、改札口からホームに至る通路かと思うと、手前に枕木を並べたような渡り通路があり、これが乗客用の通路のようです。となるとあの飾り屋根?は何でしょうか?こんな形態の駅は見たことがありません。雨や降雪の際に駅員が濡れずにホーム あるいは運転席横まで渡るためのものなのでしょうか。どなたか蘊蓄を傾けて下さい。

2月上旬には駅舎は解体されるそうですので、できればそれまでに行ってみたいと思っていますがもう何日もありません。この記事では芸備鉄道時代の現存駅舎はこの西三次駅が最後となっています。しかし駅舎以外にも橋脚や橋台はまだ多く残っている筈です。また広島駅の次、矢賀駅の北にあるJR貨物広島車両所構内にレンガ造りの大きな倉庫がまだ残っていると思います。これも芸備鉄道の遺構でしょうし、被爆建物の筈です。広島高速道路2号線の高架下にある筈、これも記録しておきたい建造物です。以前岡山駅のすぐ近くに中国鉄道時代のレンガ造りの車庫が岡山気動車区として残っていったのを、新幹線の車窓から何度も見下ろしていましたが、いつのまにか取り壊されていて悔やんだことを思い出します。

話は飛びますが、3月14日のJR西のダイヤ改正では、コロナの影響のために、各線区で列車本数が削減されます。現在、山陽本線白市・三原間の普通電車は朝夕の通勤時間帯を除くと、30分ヘッドなのですが、それが1時間ヘッドに半減されます。私は広島に行く際には本郷駅から227系に揺られてセノハチを下るのですが、1時間に1本となると 何だか余計に田舎になってしまうようで寂しい限りです。日中は227系3連か4連なのですが、両数を増やしてくれるのかが気がかりな今日この頃です。

 

3 thoughts on “広島短信

  1. 西村さんの“この手の投稿”が大好きで、いつも楽しみに読んでいます。古い写真には行ったことが無いのに懐かしい記憶が甦るのです。広島のおばあちゃんが「いつも“トウカイチ”から汽車に乗って広島へいきょーった」と行っていたのを思い出しました。
    ところで、あの“アーケード”ですが、よく見ると直下に歩道があるように見えるので、横断歩道ではないでしょうか?手前の枕木を使った歩道は乗務員や駅員用かと思いますがいかが?

    • 米手作市様
      早速のコメントありがとうございます。あのアーケードですが、おっしゃるように手前が職員用と考えるのが妥当ですね。ホームの端からスロープを上るのが乗客用かと思いましたが、アーケード下にはホームに登る階段があるのでしょうね。いずれにしても、京都駅のホームの庇の飾りのように小さな穴の開いたデザインに、ゆとりある時代の面影を感じます。

  2. こんにちは。今直ぐに出せませんが岡山駅の中国鉄道時代の煉瓦庫は1987年2月の国鉄最後の頃に撮影しています。
    芸備線も縁があり、一時期はよく乗りました。水害を乗り越えて、何とか復活しましたが、三次までは電化して欲しい気持ちもあります。

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