2014年 遥かなる東欧の旅 Part2 戦火の癒えた町、サラエボへ その2

第2日目 2月16日 その2
① サラエボ空港 8:54(Taxi)→9:07 Motel Bejturan

② 名前の記載のないミャツカ川沿い11:14(トラム)→11:54イリジャ

8:30 サラエボ国際空港に到着しましたが、フライトはそれほど多くはないようで、ローカル空港のようです。

11入国審査後にバゲインクレーム内のATMで、クレジットカードを使用してのキャッシングをします。ボスニア・ヘルツェゴビナの通貨は、コンベルティビルナ・マルカ(KM)。
今回のツアーでは昼食・夕食・飲料代が含まれていません。また降り立った6名は先発隊で、ドイツ人グループと日本人3名は明後日の到着で2日分の宿泊費が必要です。それぞれの推定する額での引き出しでした。
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2014年 遥かなる東欧の旅 Part1 戦火の癒えた町、サラエボへ その1

今回の旅は、いつも海外に行かれる時はお誘いを受けていますO氏より紹介をいただきました。昨年6月に南アフリカのジンバブエに行かれた折にお知り合いになられたドイツ人の鉄ちゃんからボスニア・ヘルツェゴビナに残る現役SLツアーを考えている。参加してみないかとお誘いを受けられたそうです。
ボスニア・ヘルツェゴビナ? 聞いた事はありますが、どこにあるのかがよく分かっていません。早速Google地図で確かめますと、1984年の冬季オリンピックが開催されたサラエボのある国です。
01お聞きしますとサラエボ周辺には国を挟みますが、現役SLがまだ走っているそうです。地図を見ても、中々行ける所ではありません。そして、費用もリーズナブルです。
O氏が薦められる所にハズレはなし、きっと新しい発見にも会えるのだろうと参加を表明しました。
参加される方は、インドネシアでもご一緒していただきましたK島さんと、ミーシャさん、弘南鉄道の雪飛ばしで地吹雪の中運転していただいたSGさん、初めてお会いするC12208さん、KKさん、HGさんの海外鉄ちゃん軍団、そしてO氏のご内儀を含めての9名となりました。これにドイツからの参加者が加わります。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part20 打狗鉄道故事館、帰国

第9日目 1月16日 その2

0716:01 站地下化が進む高雄站に到着しました。
1月11日に宿泊した京城大飯店は残念ながら満室のために同じく高雄站近くのカインドネスホテル 康橋商旅 – 後驛九如館)にチェックインしました。期待はしていませんでしたが、このホテルのフロントのお嬢さん方の対応の良い事、この上なしです。満面の笑みでお迎えしていただきました。
部屋は広くはありませんが、清潔感があって中々です。站から歩いても約5分、お奨めいたします。
08
[googlemap lat=”22.622521899150172″ lng=”120.2773483774888″ align=”left” width=”300px” height=”150px” zoom=”18″ type=”G_NORMAL_MAP”]打狗鐡道故事館[/googlemap]16:57 チェックイン後は、早速高雄MTRに乗車して2010年10月24日に開館した打狗(タカオ)站跡(後に高雄港駅に改称)の打狗鐡道故事館に行ってみました。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part19 旧型客車乗り鉄旅

第9日目 1月16日 その1

6:00 今日は枋山での俯瞰撮影は諦めて、旧型客車乗り鉄旅に変更です。旧型客車が始発する枋寮の時刻を確認して、乗車する列車まで一仕事です。
まだ夜が明けぬ中、出発の準備だけはして橋の袂で1番列車を待ちます。しかし、切望していた雲のない空ではなく、日の出とのツーショットは難しそうです。
02▲ 6:44 台東新左營行きの自強號302次が金崙站を通過してきました。
DR3000系の9両編成です。
03▲ 7:01 変更前に乗車する予定だった高雄台東行きの區間車3514次が橋を渡ってきましたが、日出は無理で朝焼けも今一でした。R120号機が牽引する電源車を入れての8両編成です。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part18 花蓮から金崙へ

第8日目 1月15日 その3

10:26 大成果を挙げられた花蓮車両区での撮影を終えて花蓮後站に向かいました。手前のヤードではR62号機がセメント運搬車の入れ替え作業中です。
04▲ 左後方にチラッと見えるのがナロー車両の留置場所です。
そしてヤード向こうに塗装が剥がれているLDR2300型らしき車両が見えました。DR2300型として改軌改造を受けた車両でしょうか。事業用にでも使用されているのでしょうか。

01行くには遠く、線路横断を必要としますので近づく事が出来ませんでしたが、次回もいるようであれば、機会を作ってみたいものです。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part16 探せナロー車両、花蓮鉄道文化館へ

第8日目 1月15日 その1

03-1朝、台北桃園空港に向けて北上される準特急さんを見送ってから、千住のヤスベーさんとTaxiに乗って鉄道文化館へと向かいました。目的はかつて花蓮站前に展示してあり動態復元なったというナロー蒸気機関車やDCたち探しです。

[googlemap lat=”23.974928634769″ lng=”121.61047013942152″ align=”left” width=”300px” height=”200px” zoom=”16″ type=”G_NORMAL_MAP”]花蓮鉄道文化館[/googlemap]
8:40、花蓮鉄道文化館に到着。
玄関前には日本統治時代をしのばせる松の木が植えてありました。
03-2 続きを読む

2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part15 DR2700系を追う、花東線・花蓮

第7日目 1月14日 その2
① 知本10:40(自強號303)→12:09瑞穂

00_鉄道地図-1(圧縮)隣に座っていた若者は台東で降りられて特別個室は、私一人になりました。
汗びっしょりになっていたので濡れた服を脱いで、窓を開けて乾かします。
窓から顔を出しての車上からのロケハンを続けておりますが、乗車している自強號玉里までは無停車です。不覚にも途中で心地良くなってしまいました。
時折意識が飛んでいきます。

それでも頑張りながら菜の花畑を探しますが、特別席とはいえ運転台のある反対側が見えません。
6月電化を控えて路線も曲線を避けての新線に替わってしまっている区間もあり、花東線のパンフやネットで見ていた良いロケーションの場所は確認できません。 01-2
当初は台東~玉里のどこかで撮影しようと思っていましたが、仕方ありません。もう少し北上を続ける事にしました。 時刻表とにらめっこして、まずは瑞穂まで行く事にしました。
カレチさんからは、再び補票を買い求めます。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part14 知新を撮る

02第7日目 1月14日 その1

今日の朝は手作りの美味しい朝食がでました。写真を撮っておくのも忘れての完食でした。この民宿はお母さんと娘さんがサービス業務をしておられました。
親子2人で一生懸命におもてなしをしようとする気持ちが随所で伝わってきます。
初めて台湾の民宿に泊まりましたが、一般のホテルでは味会う事が出来ない温かみを感じさせてくださいました。ありがとうございました。次回も必ず宿泊したいと思いました。よろしくお願いします。

02-1

[googlemap lat=”22.791089935314975″ lng=”121.1256798816612″ align=”left” width=”300px” height=”200px” zoom=”16″ type=”G_HYBRID_MAP”]台湾 台東站前 民宿[/googlemap]
台東站まではわずか500mほどですが、荷物があるからと言って、車で送迎までしていただけました。
ここまでしていただければ100点満点の120点です。6つ星民宿ですね。

この民宿花園玟瑰民宿の宿泊料は、Aboda予約で1部屋7,353円。直接のメールでの予約もOKです。勿論、ご推薦しま
す。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part13 金崙で撮る旧型客車たち

0000-117:30 台東站に戻って待合コンコースを散策していますと、ひと際目立つ和服姿のお嬢さん、2人がお買い物をされているのを発見しました。え~、なぜに台湾で和服姿を見られるのだろうかとビックリとしました。
00-2初めは日本人のお嬢さんかと思い、日本語で話しかけましたがキョトンとされましたので、中国語に切り替えて自己紹介をしてから写真を撮らせて欲しいとお願いしますと、気さくに応じてピースポーズまでとってくださりました。
数枚を撮りました内、縦位置全身を今回の紀行記の冒頭を飾らせていただきました。
こちらは、どっちにしようかなと迷ったもう1つのショットです。カメラ撮りに慣れたお嬢さんでした。きっとモデルさんかタレントさんでしょうね。今回の旅でお会いした中でも1番お綺麗なお二人でした。
夜に再会した千住のヤスベーさんにお見せしますと、「タイのウドンタニも美人が多く見とれてしまったが、是非とも自分も撮りたかったなあ。」と残念がっておられました。 続きを読む

2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part12 釈迦頭、太麻里を撮る、旧型客車

木にぶら下がっているボコボコとした実です。これは、なんだと思われますか? 0112時過ぎ、チャーターしたTaxiの運転手のさんは、撮影場所を移動する準特急さんと不銹鋼號さんを山の麓まで送って行かれました。ついでに昼食を食べてきたいと申されましたので、団長さんの指示で100元(約360円)を気持ちですと言ってお渡ししました。
1時過ぎに戻って来られますと、「食べてください」と、初めて見る表面が凸凹した果実がたくさん入った袋を渡してくださいました。

食べ方が分かりません。不思議そうに見ていますと、割るように申されます。
01-0割ってみますと、中には白い果肉が現れました。ねっとりした果肉を口に運びますとクリーム状の歯触りで、まろやかな甘みが溢れてきました。これは美味しい! 中には大豆大の黒い種子が入っていますが、これはペエッと、捨てます。

台湾での名称は、釈迦頭と言うそうで、言葉のとおり何となく似ていますね。調べてみますと、バンレイシ科バンレイシ属の植物またはその果実で、原産地は西インド諸島、ペルーなど中南米。台湾では、17世紀にオランダ人によって持ち込まれ、今では台東・花蓮県の名産品になっているそうです。今日乗車した莒光號からの車窓から見た果樹園では、白い袋に入れて栽培していましたが、これだったのですね。

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釈迦頭は、運搬には崩れやすいので細心の注意が必要で、長期保存もできず残念ながら日本には殆ど輸入されていないそうです。

花蓮の站前では、釈迦頭の産地直売会が開かれていました。5~6個入った値段を聞きますと、200元(約720円)です。Taxiの運転手さんは、昼食代にお渡しした100元の倍返しでした。
お写真と名刺を入れておきます。太麻里に来られましたら、是非にご利用ください。
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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part11  莒光號で行く乗り鉄旅、太麻里へ

06▲ 着いた太麻里站の玄関口下を見ますと、埋め込まれている站の銘板がありました。街を歩くとよくマンホールの蓋にその土地の名産や特色をあしらったデザインマンホールを見受けられます。でもこれはマンホール蓋でもなさそうです。これは何なのでしょうね。
1988年1月1日の開業時に設置されたものと思われますが、なぜに地面にどうしてこの位置が選ばれたのでしょうね。

太麻里站は、“迎接千禧年第一道曙光” と、言われるように台湾本島で最初の日の出が見られる站です。
ここに来ますと、高雄で迎えた朝とは違っての思いっきりの快晴でした。南下して太平洋側に来ますと、天候は一転するのですね。暖かくにもなってきました。準特急さんはTシャツ姿で撮影に挑まれます。我々軍団では1番の年長者ですが、時間のある時には東海道走破を目指して行軍を続けておられる1番元気な老斗儿でもあります。
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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part10  台湾の武田尾、三貂嶺を撮る  台鐡ICカードの顛末

16▲ 16:14 準特急さんが台湾の武田尾と名付けられておられる地での撮影を終えて、ボチボチ引き上げようと山を下りて橋を渡りだしましたら、途中で「おぉ~」との歓声があがりました。台湾ではダイヤを公表されてはいない貨物列車、それも回送とはいえ客車との混合編成です。これは撮らねばと、再度引き返してのショットでした。
牽引するはE337号機、有蓋車5両と無蓋車数両、客車は35FPK10512+40SP20014+40SPK2008T+40SPK2008Tと守車(車掌車)の編成です。ここでのハイライトでした。
※ この写真、写ってしまっている邪魔な太い電線類は消しています。手抜き作業で、少し痕跡が残りましたが・・。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part9  EMU100系を撮る、台北站のLDK58・LDR2201

21-1 10:18 基隆~三坑のS字カーブを行くEMU100系回5168B

今日は、今回の旅の目的だったEMU100系復活の臨時運行を撮ります。下は団長さんが調べられ、作成しました時刻表です。撮影するにも台北都市圏は地下線化されていて八堵~板橋で撮るのは、ほぼ不可能です。数少ない地上区間での全運用7本の撮影に挑みます。

【 EMU100系 】
1978年、台鐡の西部幹線交流電化において、英国の技術供与を受けたことから英国GEC社から13ユニット((1M4Tの5両が1ユニット)×13本)の65両が投入されました。当初は「電特快」として運用されましたが故障続発で一旦運行休止。改修1ヶ月後の1979年1月から運転再開されて台北~高雄を最高営業速度120km/h、4時間10分で結びました。2~3ユニットの10~15両編成で使用されています。また珍しくなった吊り掛け駆動方式です。
2009年に定期運行から離れ、現在は産業文化遺産として静態・動態保存され、時折に記念日等で臨時運行されています。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part8 台湾鉄路の便當(駅弁)、台鐡老人割引切符、集集線、台北へ

02-202-1【 台湾鉄路の便當(駅弁) 】
高鐡台鐡の主要駅や優等列車の車販には日本と同じように駅弁があります。
日本統治時代から伝承されていて台湾では便當と呼ばれ、その数は無数で、站に行かなくとも街の中でも買えるものもあります。

勿論、セブンイレブン等のコンビニでも並べられています。02-3

站のホームでは、昔懐かしい「べんと~、べんと~」と、売り子さんの声が聞こえる站もあります。

こうして台湾で販売されている便當ですが、日本とは違った鉄則があります。それは、「温かくなければ便當ではない」という事です。
コンビニで並べられている便當も言わなくとも電子レンジでチンするのが常識となっています。従って、精進料理のような冷たくとも美味しい弁当は見かけたことがありません。
ホームの売り子さんは、列車が着くまで便當を綿入りの布団のようなものに包んで保温しています。

中身は味付けされた鶏肉や豚肉が入ったものが圧倒的に多く、煮卵やハムも定番です。
味は日本とは違っていますが、台湾を訪れる日本人の多くが美味しすぎると、絶賛しています。

値段も50~80元(180~290円)と安く、台湾庶民から好まれるところです。最近は100元(360円)もする高級便當も出回ってきています
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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part7 悠遊カード、  虎尾糖廠(虎尾製糖)-台湾最後のシュガートレインの撮影本番 

台鐡ICカード▲ 昨日、帰りに斗南站で買い求めた台鐡のICカード。改札口を出入りする度に気になっていました。自強號や莒光號等の指定席列車乗車には使用できませんが、區間車に乗る時にはいちいち切符を買わなくて良いので便利です。窓口でお聞きしましたら、バラバラとデザインの違うカードを見せてくださいました。その中でCK124号機(C12型)蒸気機関車が描かれたデザインが気に入りましたので購入することにしました。デポジットは100元(約360円)、ただ斗南站ではこのカードにチャージ(入金)する機械がないので斗六に着いてから300元を入れました。

海外に出かけた時は、長蛇の列に並ばなければならない時があります。自動切符販売機は文字が読めず一苦労です。また、地下鉄や郊外電車に乗る際に下車站がよく分から なかったり、乗車時に決められなかったりもします。ロケハンや撮り鉄をしていて思いついた站で不意に下車する事も多いので、ICカードをいつも買っています。そんな訳で私にとっては必需品でもあります。中国本土では、地下鉄が開業する度に乗車していますので、各都市の地下鉄ICカードが、ほぼ全部が揃っています。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part6 虎尾糖廠(虎尾製糖)、台湾最後のシュガートレインを撮る

00_製糖工場子供が描いた絵 04▲ 虎尾糖廠虎尾站に大きく掲示されていました絵です。
おそらく沿線に住まわれる子供さんが描かれた絵なのでしょうね。
製糖工場と虎尾站をバックに、台湾で残る唯一の現役シュガートレインと手を振る子供たちの姿が、生き生きと元気に描かれていて私にも伝わってきました。

もういつまで見られるか分からなくなった台湾のシュガートレインですが、この絵を見ながら、できるだけ長く活躍してほしいと願いました。
今日は、今夜来られる本隊一陣に備えて虎尾糖廠のロケハン調査を兼ねての撮り鉄です。

斗南~虎尾站は、この辺りでは最も早くの明治43(1910)年1月31日に開通しました。翌明治44(1911)年5月29日には北港(北港線)、同年9月10日には西螺(西螺線)まで延伸され、以降も建設が進められました。シュガートレインだけでなく旅客列車も運行されていました。
虎尾站は、1972年に旅客営業を終えて、駅舎内を喫茶や土産物を販売するお店にリニューアルされて保存されています。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part5 嘉義から斗南への道中

26▲ 台鐡嘉義站の待合室に設置されている観光案内所におられた案内人のおばちゃまとお姉さん。
これから向かう虎尾糖廠付近の地図がないかをお願いしましたら、「う~ん、ここには嘉義や阿里山のは、たくさんあるけれど・・、ちょっと待ってね。」 と、言われながらも斗南・斗六の観光地図を探していただきました。ありがとうございました。見るからに優しそうなお二人でした。

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part4 阿里山森林鉄路

01▲ 昨夜嘉義站売店で購入した時刻表は紹介しましたオレンジ色の表紙でしたが、他に紫色と黄色のもう2種類がありました。よく見ますと、中々のセンスあるデザインで気に入っています。日本の時刻表も写真ばかりでなく手書きのイラストデザインシリーズも作ったらと面白いのにと思いました。

第2日目 1月9日 その1

6:30 目覚めてのすぐの作業は、カーテンを開けて見る空模様です。今日はあいにくと雲が立ち込めています。天気予報では、曇りのち晴れなのでこれからは好天するのだろうと、ホテルで朝食を食べてから8時にチェックアウトしました。
中国本土ではチェックアウトの際は、少し待たなければなりません。係員が部屋に行って良く言えば忘れ物がないのか、悪く言えば盗られた物がないかをチェックするためです。以前にバスタオルがないと騒がれた経験もあります。
実際はバスルームがドアにかけてあったのを係員が見落としたのが原因だったのですが、盗人扱いを受けて嫌な思いをしました。しかし、ここ台湾では 「ご宿泊、ありがとうございました。」 で、カギを渡すだけで済みます。
人を信用することから始まる人間性と、疑うことから始まる人間性と相反する原因はどこにあるのでしょうか?

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part3 台鐡嘉義站、嘉義文化路夜市

 

53▲ 17:21 蒜頭糖廠から路線バスに揺られて約40分、ようやく台鐡嘉義站に到着しました。バスは市内地に入りましたが下車站は終点ではなく途中下車です。長くの乗車になってきましたので、降りるバス停がどこだか分からず不安でした。しかし今回は大津の86さんが一緒です。彼は停車する度にバス停を確認していただいており、ぶんしゅうさんもう2駅です。次ですと教えていただいておりました。ありがとうございました。

上の写真は、バスを降りた繁華街に近い台鐡嘉義站正面。阿里山森林鉄路は駅舎を共有して正面に向かって右側に発着ホームがあります。
下は、構内を跨ぐ跨線橋を渡っての反対側駅舎です。エレベーターとエスカレーターが設置されていてバリアフリーができていますので、重い荷物を持って苦労することなく行けました。
台鐡の主要駅では日本と同様に駅のバリアフリー化が進んできています。荷物を持つ旅行者には便利になってきました。バスターミナルはこちら側にありました。

【 台鐡 嘉義站 】
明治35(1902)年4月20日、台湾総督府鉄道の駅として開業。明治43(1910)年10月1日には 阿里山森林鉄路嘉義線が開業。昭和7(1933)年に改築するも昭和20(1945)年、米国の空爆によって主要部を破壊される。昭和24(1949)年に修復を完了。鉄筋コンクリート製。

現在は、台湾台鐡縦貫線と阿里山鉄路阿里山線の駅。台鐡は1日96本もの列車が発着する。阿里山鉄路は途中で山崩れが発生しているために途中区間が運休中で、現在北門行きの1往復が発着するのみ。2011年度の乗降客は約19,700人。
台鐡嘉義站公式HPはこちらへ

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2014年 絶景の台湾鉄路、冬の旅 Part2 蒜頭糖廠、なぜに台湾の人たちは日本人にやさしいのか–八田與一の功績

01_農民のモニュメント ▲ 14:00 着いた高鐡嘉義站に降り立つとバス停は今います北口ではなく南口でした。蒜頭糖廠へ向かうバスの時間を見てきますと大津の86さんは走って行かれました。私は一服しながら荷物番です。目の前には逞しい農民夫婦のカラフルなモニュメントが設置されていました。

この地方の代表的な表現だろうと思いましたが興味が湧いてきましたので調べていきますと、嘉南平野は台湾でも代表的な耕作地域であることが分かりました。広さは香川県ほどで、台湾全体の耕作面積の1/6を占めています。
また亜熱帯性気候により1年に2~3回もの収穫ができる地域で年間降雨量も十二分でしたが、降った水が中央山脈から一気に流れ落ちる富山の常願寺川のような地形であったために、雨季には暴れ川となっていました。 雨季には洪水、また乾季には耕作地は干上がってしまうために安定した耕作はできない土地で、飲み水さえ不自由していたそうです。農民は極貧困に苦しんでいたのですが、これを救ったのは東京帝国大学で土木工学を学んだ八田與一でした。

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