ありがとう三江線 Part5 廃線1日目、三江線(口羽~長谷)の廃止駅訪問

第4日目 4月1日 その1

静かな朝を迎えました。連泊したバカンスハウスの近くに鉄路はありますが、今日からはもう走行音を聞くことはありません。昨日まで鉄ちゃんたちが群がっていた線路横の道路には人影はなく時折通る自動車のタイヤ音しか聞こえてきません。

8:00 コテージから大和荘へ行って朝食をとりながら地元紙朝刊を見ますと三江線廃線の記事で埋め尽くされています。朝のTVニュースも昨日の騒動をトップニュースで伝えていました。

9:27 宿泊した大和荘は新しく建て替えるために5月でいったん閉鎖されるそうです。リニューアルオープンするのは2年後になるそうですので支配人と再会できるのはその後です。今度は廃線跡がどうなったかを見に来ますと、言い残して大和荘を後にしました。
続きを読む

ありがとう三江線 Part4 惜別の桜満開の花道、廃線最終日

第3日目 3月31日

とうとう三江線に惜別の日が参りました。今日も悔いが残らないように最終列車まで撮ろうと早朝に起きて昨日は後から来て撮れなかった大和荘横の駐車場からカメラを構えました。
▲ 6:09 潮を出発した9421D(浜原⇒三次)、かつては1両で運用されていましたが、廃線が決まってからの乗客増で2両に増結されました。
続きを読む

ありがとう三江線 Part3 春爛漫の廃線前日

第2日目 3月30日

三江線廃線まで残された日は、今日を入れて2日間です。求めた桜は、京都が数日前に満開になりましたが、潮温泉辺りは寒くまだ満開には至ってはいない 5~7部咲きです。しかし昨日のような快晴、初夏のような陽気が続けば一気に咲いてくれる気配を感じます。2年前のクローバー会のイベント「見納めの”三江線”の桜を見に行こうツアー」の時も同じく一気に満開となって素晴らしいツアーになりました。廃線となる最終日には花道で送り出してやりたいものだと桜満開を祈りました。

今日の日の出時刻は5:58、
江津方向に移動するとまだ暗いので最初の撮影場所は潮温泉「大和荘」前にしました。最初に狙うは始発列車の浜原発三次行きの9421Dです。

▲ 6:08 大和荘の駐車場横からのカメラアングルとしましたが道路側の後方から、我々の姿がアングルに入るので遠慮して欲しいとの声があがりました。向こうの方が早くから来ておられます。撮影場所は先着優先が鉄ちゃんルールですので、仕方なく道路後方に移動しての撮影です。

撮影後は大和荘で朝食をとってから2年前にロケハンしましたが撮り逃がした沢谷に向かうことにしました。
続きを読む

ありがとう三江線 Part2 潮温泉へ

今回の旅の相棒は、先日の台湾でもご一緒させていただいた関東から千住のヤスベイさん、不銹鋼號さん、NETさんの3名です。ヤスベイさんとNETさんは空路で広島空港に着かれてリムジンバスで三次に入られます。一方の不銹鋼號さんは青春18きっぷで東海道・山陽本線を乗り継がれて西条に寄られてEF67をご覧になられた後、翌日は三江線を往復乗車されてから潮温泉「大和荘」で合流されます。

第1日目 3月29日

① 自宅 14:18⇒14:57 赤松 15:12⇒17:10 大佐 17:18⇒18:08 七塚原

14:18 私は自宅をぶんしゅう7号に乗車して出発、3月18日に高槻JCTと川西JCTがつながり時間短縮された中国路を三次へと向かいました。しばらく長距離ドライブをしていません。疲れてきたので約62㌔走った赤坂PA早め1回目の休憩停車です。
約15分休めば身体は復活、約234㌔先の大佐SAまではノンストップで約2時間を快走しました。約10分休んで走行再開、三次IC手前の七塚原SAで今回第1回目の給油、31.9㍑が入りました。リッター当たりの走行距離は8.36㌔、いつもなら10㌔/ℓぐらいは走るのですがエコ運転ができなかったようです。軽油価格は129円/ℓと、安い京都は107円/ℓですので、20円/ℓ程度高くつきました。

続きを読む

ありがとう三江線 Part1 新聞記事(山陰中央新報・日本海新聞・朝日新聞・読売新聞)

まだ前回の旅の紀行記を書き終えていませんが、昨日まで行ってきました三江線と、日本海沿いの鉄路の桜追っかけを先に投稿させていただきます。
まずは西村さんが投稿いただいた中国新聞記事に加えてご当地、島根県の山陰中央新報、鳥取県の日本海新聞、そして全国紙の朝日新聞読売新聞をご紹介させていただきます。
▲ 最も多くのスペースで紹介されていたのは山陰中央新報です。1面はすべて三江線ラストランで占められていました。廃線翌日の4月1日にコンビニや三次駅へ掲載紙を買いに参ったのですが何処も三江線記事を求めて買われた方が多く、早朝から売り切ればかりでした。こうなったら新聞社に連絡して郵送してもらうしか方法はないなあと諦めかけていましたが、松江自動車道に入る三次東I.C近くのコンビニで見つかりました。

続きを読む

青春18きっぷの旅 2018年 雪の三江線へ Part3 最後の運行日になるのか?

西村さんから三江線は1月11日から全線・部分運休され、復旧のめどはたっていないとの記事の投稿がありました。私が今冬訪問したのは運休が始まる前日の1月10日でした。まだ廃止日まで十分な日数がありますのでもう一度、乗り鉄・撮り鉄に参るつもりで待機していますが、このまま廃止日まで運休が続くとなると最後の運行日になるのかもしれません。当日は朝からレンタカーを借りて走り回りました。ご覧ください。

第3日目 1月10日(水)
今日は朝8時からレンタカーを借りて自宅への最終列車が出るまで撮りまくろうと6時に目覚ましをセットしました。

6:00 三次発の始発は既に発車していきましたが夜明け前では撮りようがありません。ホテルの窓から見送ってから、レストランで朝食です。
▲ 7:41 撮影地 尾関山~三次 アルファイン三次10階、屋内から
ようやく夜が明けてきました。浜原三次行きの一番列車421Dが小雪降る中、馬洗川橋梁を渡ってきます。
【DATA 】NikonD500、150㎜、F5.6、1/500秒、ISO800
続きを読む

秋の中国路 Part6 三江線から木次線へ

今日は「ばけぺん」さんのご希望もあってから三次間で撮影します。その後木次線の坂根坂根を目指しまます。ここでお別れ、私は日本海へと向かい山陰本線の撮影予定です。

第6日目 11月23
▲ 8:29 撮影地 口羽~江平 Google座標;34.841624, 132.722262
三江線らしく赤褐色の石州瓦の屋根をバックに江の川橋梁を行く列車が川面に写る場所を探して選びました。山霧が出ていたのも良かったですね。橋梁は、江平手前の第四郷平橋梁です。
423Dは、キハ120 311+キハ120 307の編成でやってきました。


続きを読む

2017年晩秋の中国路 Part5 三江線へ その3

▲ 先日12月15日、JR西日本から2018年3月17日に改定する列車ダイヤのあらましの発表がありました。その中に廃止直前の三江線も含まれ、現在最後の乗車記念にと超満員になっている424D-426Dの混雑緩和のためにもう一本、三次~江津を直通するDC運行が追加されました。運行期間は15日間、最後の荒稼ぎと言われる方もおられますが全国から押し寄せるファンにこれだけでは対応しきれないだろうと思われます。
私は「葬式鉄」を好みませんが愛妻の実家があった三次となれば思い入れもあります。見送りに参加するつもりですが廃線となる3月31日は、愛妻の一周忌(3月29日)が終わってすぐです。ぶんしゅう7号で深夜走行していくか、新幹線+レンタカー利用で行くか思案中です。
桜の季節は直ぐです。三江線の開花時期は4月上旬前後です。毎年1週間幅で前後していますが、開花が早ければ最後の桜とコラボで撮れるでしょう。
続きを読む

2017年晩秋の中国路 Part4 三江線へ その2

また投稿途中で新たな訪問を入れてしまいました。途中で引き続きの投稿を行うつもりはあったのですが、動き回ったので出来ずとなり申しわけございません。戻りましたので引き続き続編を投稿させていただきます。

第4日目 11月21日
▲ 7:55 昨夜は車中泊ではなくベッドの上でまったりと熟睡することが出来ました。朝風呂に入り、三江線撮影の常宿になってきた潮温泉大和荘」の店先からの三次行きの2番列車423ので撮影です。

続きを読む

2017年晩秋の中国路 Part3 三江線へ その1

第3日目 11月20日

昨夜も朝方に寒さで目覚めました。これ以上の耐寒装備はできませんのでやむを得ずエンジンをかけて暖気で車内暖房です。少し2度寝してから夜明けに吉和SAを出発しました。
7時過ぎに三次I.Cを出て三次市内を走ります。この町は亡き愛妻の生まれ故郷でよく来ましたので市内の道は精通しています。
7:30.、朝マックで朝食をとってから今は住む人もなくなった旧宅に寄ってみました。近くに焼却場ができるために道路拡幅で
旧宅は解体撤去され、残った地も整地されて売られて次の住人が新しい家を建てています。立ち寄って在りし日の思い出に浸りました。

8:48 最初の訪問駅は尾関山駅です。撮影地①
▲ 駅前通りにふさわしい広い尾関山通りの先に尾関山駅があります。
続きを読む

三江線代替バスルート案

沿線市町村で代替バスルートなどの協議は進んでいるようですが、なかなか全体像が見えてきません。

平成29年7月12日 中国新聞朝刊

この案は島根県側の邑南町が提示したもので、作木口から三次間はそれなりに整備されている国道54号線をメインルートとしたいという案です。島根県側の人が三次に出たい時には、三江線と同じ江の川沿いの狭い道を時間をかけて三次に向かうよりは54号線ルートの方が早いので至当な案でしょう。この案では口羽・三次間の旧三江南線の大半はルートから外れることになります。ただ三江南線に沿って国道375号を走る路線も検討されてはいるようですから、沿線住民の利便性を優先しながら、乗換えが少々面倒だったり便数が少なくても旅行者にとっての選択肢も残した案になることを期待します。

三江線その後

全線廃止が決定し 焦点は代替え交通手段をどうするかに移っていますが その検討が始まりました。一方 どこでも同じですが廃止が決まると「お名残り乗車」が増えているようです。

平成28年12月22日 中国新聞朝刊

平成28年12月23日 中国新聞朝刊

三江線 その後

全線廃止が平成30年3月末と当初の予想より延びたことで、変な安堵感が漂うのか、あるいはカープの優勝騒ぎの陰に隠れてしまったのかここのところ 少し関心が遠のいた感があります。最近の中国新聞記事からいくつかご紹介します。

平成28年10月14日 中国新聞朝刊

平成28年10月14日 中国新聞朝刊

続きを読む

三江線廃止は2018年3月末

ここ1週間 旅に出ておりましたのでお知らせが遅くなりましたが、三江線の廃止、バスへの転換は少し先延ばしされ 平成30年(2018年)3月末として廃止届が出されました。中国新聞記事を転載します。

 

平成28年9月29日 中国新聞朝刊

平成28年9月29日 中国新聞朝刊

続きを読む

三江線 小ネタ

全線廃止表明以降 地元のテレビや新聞には三江線ネタが急に増えています。今朝はこんな記事が載りました。

平成28年9月23日 中国新聞朝刊

平成28年9月23日 中国新聞朝刊

三江南線の初列車に乗務したOBの回顧談です。当時は「2両編成で機関士2人、車掌2人」とは 写真に写っているキハ02の2連のことでしょう。気になるのはそのキハ02の下の写真です。明らかにキハ02ではないので、当時の配置表を見てみると 三次区にキハ41500(後のキハ06)が1両配置されていたことがわかりました。また三江南線開業時にはまだキハ02(当時はキハ10000)は配置されておらず、どうもキハ41500 1両で三次、口羽間を往復していたようです。キハ02の写真は後年のもののようです。このOB氏が最初に配属されたのが備後十日市車掌区だそうですが、昭和28年当時は三次機関区ではなく、備後十日市分区と呼ばれていたようです。昭和28年には8620が19両、C58が14両配置されています。芸備線の三次以南をC58、三次以北や福塩線に8620が活躍していた時代だったようです。

 

三江線情報 他

毎度 新聞ネタで失礼します。三江線廃止表明から3週間ほどが経って沿線6市町での住民説明会が済んだようです。

平成28年9月22日 中国新聞朝刊

平成28年9月22日 中国新聞朝刊

住民側がいくら存続を希望したところで 廃止と決めたJRが心変わりする筈もなく 説明会や廃止容認表明という通過儀礼も必要かもしれませんが 代替えバスについての前向きな議論を早く始めれば良いのにと思います。

続きを読む

三江線 その後

沿線では住民報告会などが開催されていますが、次のステップへ向けてのスピード感が 三江線の列車同様感じられません。誰が意思決定するのかわからないような会議体で協議を続けていて 1年後にそれなりの代替バスが走り出せるのか心配になります。

平成28年9月10日 中国新聞朝刊

平成28年9月10日 中国新聞朝刊

同紙

同紙

続々 三江線廃止正式表明

今朝の中国新聞の連載記事をご紹介します。

平成28年9月4日 中国新聞朝刊

平成28年9月4日 中国新聞朝刊

江津口側の様子はわかりませんが、三次口側の状況はと言うと、江の川に架かる橋が少ないため、対岸の住民は鉄道を利用したくても駅まで行くのが不便極まりないという状況です。道路も両岸に立派な道路があるわけではなく、ようやく片側の道路が整備されつつあり、対岸の細い道路は離合も難しいような区間が多くあります。鉄道に代わってバスが走るにしても、両岸の住民が便利なようなルート設定やダイヤ設定は容易ではないでしょう。結局対岸を走るバスに乗りたくても乗れないという今と同じような状況になることが予想されます。バスは鉄道より格段に自由なルートを設定できるとはいえ、積雪地帯でもあり 道路の改良や橋の増設などが伴わなければなりません。昨今「今までに経験したことのない」自然災害が各地で続発しています。今までに何度も災害を何とか乗り切ってきた三江線の歴史を考えれば、今まで以上のリスクも想定したプランが望まれますが、現実的には非常に難しい課題だと思います。現在三江線沿線には備北交通、美郷町営バス、石見交通のバス路線がありますが、基本的には沿線住民のための生活路線であり 相互の関連はありません。既存の路線をベースに観光客、通過客のことも少しは考慮に入れた新たな路線網を考えるのでしょうが、紆余曲折が予想されます。三江線の取組みが全国各地の類似案件の先進事例になれば良いのですが、今までの動きをみていると大きな期待はしないほうが良さそうです。