北陸唯一の現存天守が丸岡城である。城主は信長の家臣で秀吉のライバルでひげもじゃが特徴の柴田勝家の甥の柴田勝豊により1576(天正14)年に築城された。勝家の正室は信長の妹で美貌のお市の方である。お市は浅井長政に嫁ぎ小谷城で信長に攻められたが3人の有名な娘共々逃れることができた。その後柴田勝家に嫁いだ。丸岡城の石垣は荒々しい野面積みである。丸岡城が有名なのはショートセンテンスの元祖「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」という手紙文である。一筆啓上は家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻にあてたものでお仙は後の丸岡城主本多成重の幼名仙千代である。丸岡城は桜が有名で霞ケ城とも言われているが訪問したのは1991年2月22日の雪の日であった。駅から離れていてタクシーを利用した。福井地震でかなりやられたが修理して重要文化財となり現在に至っている。建物内部には急な階段があり今なら上るのも厳しい。尚、浅井長政の小谷山城跡は崩れた石垣などが残っており当時の戦いを偲ぶことができる。また、秀吉、勝家の古戦場賤ケ岳や織田・徳川連合軍対浅井・朝倉連合軍の姉川の合戦場も近くにあり戦国ファンには見逃せない地域である。▼
城見学の後は倶利伽羅に行っている。途中、小松駅で撮った写真が残っている。青森行き特急「白鳥」クハ481-36とクモハ475-53普通電車。▼
お市の方は最後は柴田勝家と福井城で自害したと言われている。丸岡城訪問の朝、福井城(越前北庄城)の石垣を撮影した。▼







これは207系と反対側のホームに「すいたん」がいますね。
















さらに阪急シリーズが続きます。


というところで、マンホールに描かれた車両の実際の写真を手持ちの中から探してアップしましたが、いい加減長くなってきたので、このあたりにして、第5弾と6弾は次回ということにしておきます。








