北のC62 全記録 〈22〉

昭和46年3月25日 定番の上目名、倶知安へ

大沼公園のユースに泊まった翌日、列車を乗り継いで、またまた上目名にやって来ました。この日は天気も良く、山々もよく見えます。ただ最終日近くになって、やる気も失せてしまい、明確に撮影地も決めないまま、呆然と歩いて、お馴染みの151キロ地点まで歩きました。151キロ地点から先、目名寄りは、大規模な築堤になっていて、東を望むと、なだらかな傾斜地が広がっていて、目名の集落が見えます。西を望むと、冠雪した後志の山々がよく見えます。急に“山バックのロクニ真横”構図を思いつき、築堤をどんどん下がっていきます。雪があるので、泳ぐようにして、滑り降りて行くことができます。編成全体は捨てて、135ミリの望遠でC62重連をやや俯瞰できるところまで来ました。太陽の反射で暑いぐらいで、汗びっしょりでした。背後の後志の山々も、しっかり見えます。それをさらに強調するため、Y2フィルタを装着して、「ニセコ1号」の通過を待ちました。
例によって、野太い汽笛二声が、目名の通過の頃に聞こえて来て、ブラスト音がどんどん近づいて来る。この日も2号を先頭にした「ニセコ1号」が眼前を通過して行った。真横から見ると、ランボードの白線がずいぶん強調されていることが分かる。


何枚も連写するが、天気が良い分、カマの下回りは影になり、写真データでは、調子が潰れている。それを、画像ソフトで、シャドウを思い切り持ち上げてみた。すると、下回りもはっきり分かるようになった。アナログ時代の引伸機だったら、覆い焼きしても絶対に不可能だ。
さらにC622だけ拡大して、シャープネスを掛けると、ナンバープレートも見えるほどで、今までの不可能をデジタルで可能にする一例を見た。過ぎゆく編成を追うが、編成は次第に煙に巻かれてしまった。下り「ニセコ3号」は、ド定番の倶知安夜景で。いつもは停車中、発車の両方狙いをするが、今回は、発車狙いだけに絞り、これに適した位置を早い目に確保した。フィルムはトライX、F.2 1/30Sで、三脚で連写する。ただ元データは露光不足で、今回もシャドウを持ち上げて、何とか見られるようになった。牽引はC622+C6215で、15号のドレーンの勢いが良すぎて、2号機が隠れてしまった。去って行く「ニセコ3号」を追う。この日は、これで終わり。宿泊費節約で最後の函館ターンを行なうため、待合室で時間を潰して急行列車に乗り込んだ。

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