韓国1971年その5は総括と言うよりはこれまでの積み残し分です。まず、コダックのネガカラーで撮った慶州の入れ替え中のディーゼル機関車とミカ3蒸機、そして客車です。保存状態が悪い上に次に続く白黒も含め、パソコンの操作技量も低く、見辛くて申し訳ありません。
ソウル近郊で見た客車。窓の形が何となく京阪の貴賓車16に似ている。
ソウル駅舎と当時の市民。1925年完成で東京駅に似た赤レンガ建物は新ソウル駅完成の2003年まで使われていたとか。
南山に保存されたソウル市電。
鉄道近代化PRボード。日本の鶴見川付近を行く20系ブルートレイン。
1971年4月には韓国大統領選挙が行われた。画面が小さくて恐縮ですが、一番右が再選を果たした朴正熙氏。その隣りが、先日死去し、23日に国葬が行われた金大中氏。初挑戦で惜敗とのこと。その後の拉致事件、死刑判決、南北首脳会談、ノーベル平和賞受賞は最近の新聞等でご存知のとおり。当時、選挙ポスターは白黒であった。
偶然ですが今釜山に来ていてこれをホテルで書いています。
仕事の合間を利用して昼頃市内にある東亜大学博物館へ行ってきました。釜山市に後輩がいることは言いましたが、彼から市職員で釜山市電の研究本を出した人がいるとの連絡があり昨日その本を手に入れました。その市電がこの博物館に保存されているとの記載があったので見に来たのですが残念ながら公開されていませんでした。博物館が新築中で、完成後に展示すると言うことでしたが親切にパソコンに保存されている写真を見せていただきました。この電車は戦後アメリカから導入した電車で日本製ではありませんでした。来年公開すると言うことでしたからまたきますとお別れしました。
その本、「釜山電車運行の足跡を訪ねて」と題する本は立派な本で写真も多く、一部はソウルの市電もでています。そこに準特急氏の写した市電がカラーで出ています。
1968年11月30日で運行を止めたソウル市電のうち、1930年代に作られた1両をオリニ公園に保存しています。さらに車番381号、長さ13,7m、幅2,15m、高さ2,9mで日本車輌で製造されたが運行中止後は韓国電力が保存していた、と書いてありました。
ぱらぱらと見ただけですべてがハングルのため落ち着いて翻訳してみます。
有難うございました。ハングルにお強い田野城様には解読していただきたい文字や各種スローガンなどがあります。それにしても前にコメントいただいた山下敬司さんや田野城喬さんのように現地からメールが入ることに驚いております。