2023年夏、台湾再起動(その3、西部幹線)

7月30日(日)
朝、中壢駅まで歩く。駅前はMRTの工事中であった。MRTが中壢まで延びれば桃園空港に近い在来線の駅まで直結するのでもっと便利になる筈である。中壢駅でTRパス3日券を6,000元(約8100円)で購入する。今回は乗車の比重も高いので元は取れるに違いない。

莒光510次 斗六進入 新しい自動ドア車とはいえ客車列車の魅力は十分

手始めに中壢7時44分発の自強105次で斗六まで乗る。105次はPPのE1000型であった。PPつまりプッシュプルなので前後機関車で間に挟まる客車は基本的に10両。機関車は南アフリカのUCW、客車部分は韓国の現代ロテムと台湾車両の製造という。全部で445両と、これまで最大多数派で、自強と言えばこのE1000型だったが、今後は新自強EMU3000の方が存在感が高まっていくであろう。斗六で10時34分に着く莒光号(客車急行)510次を撮る。この列車は、高雄近くの新左営を8時35分に出て、終点の七堵には15時4分着と、385.3キロを6時間29分かけて走破する。次は、また北上して彰化で12時47分発莒光511次を撮るのだが、時間が空くので久しぶりに彰化機務段(機関区)の扇形庫を見に行くことにした。

彰化機務段の扇形庫

彰化機務段 回転するターンテーブル

彰化機務段のR100型とR150型 どちらも製造後50年級のアメリカ製ディーゼル機関車 後継となるスペイン製のR200型の導入が始まった

CK124 彰化機務段の扇形庫にて 1936年製造の元C124 同型車が7両いたが1979年の西部幹線電化に伴い、引退したという

この扇形庫は1932年に作られ今でも現役の車庫として機能している。台湾で古跡指定されて、自由に見ることが出来る。観光地化しており、行った時は日曜日ということもあって人が途絶えることがなく、人が映り込まず車両だけ撮るのは極めて難しい状態だった。彰化駅に戻ったところでホーム端で撮るつもりであった莒光511次が入線してきてしまった。15分ほど前に戻ったのだが、客車列車なので停車時間も長く、もっと早く戻るべきであった。この511次に乗って再び南下する。
莒光511次 二水

莒光554次 員林進入

斗六からは、またまた北上して莒光554次を狙う。この列車は荷物客車を併結している。かつて走っていた行包専車(荷物専用の客車列車)は、廃止されてしまったが、莒光号に繋ぐ荷物車はまだ存続している。斗六からもひよこが何箱(数百匹!)も積み込まれていた。斗六と員林で進入を、彰化では停車と発進を撮る。これ以上北へ上がると高雄まで行くのが時間的に厳しくなるのでこれくらいにしておく。

行李(荷物)車MBK80008 彰化

行李(荷物)車MBK80012 彰化 MBKとはMail & Baggage Car に車掌室も付いているという意。旧型客車然としているが、製造年は1981~2年と比較的新しく、といっても40年級だが15両が作られ、潮州発花蓮行きの554次、花蓮発台東行きの602次、台東発彰化行きの653次、彰化発潮州行きの501次に連結され活躍中である。

莒光554次 彰化

台中駅の高架下で晩御飯を食べた後、19時17分発の自強139次で高雄に向かう。この139次もPPであった。高雄には21時48分着。この139次で台北から高雄まで371.5キロを乗り通すと4時間48分を要する。

PP自強のE1000型 中壢

プユマ131次のように振り子式電車TEMU2000型で運用される自強号の場合なら台北高雄3時間40分とかなり速いが、新幹線にあたる台湾高鐵なら台北―左営(高雄)を1時間36分で走るので比較にはならない。台湾の場合、在来線の交通部鉄路局は国営、高鐵は別会社で運営形態が違うので、在来線も特急を頻繁に走らせ、こちらも活況を呈しており新幹線と在来線がサービスを競っているかのようにも見える。在来線は、駅が町の中心にあり、こまめに停車して利便性を確保しているのと運賃は843元(約3800円)であるが、高鐵は運賃が1530元(約6900円)と倍近くなる。単純に比較はできないが、小倉―博多間は、山陽新幹線と鹿児島本線が並行して特急を走らせており、新幹線が所要17分で自由席2160円、在来線の特急だと所要55分で1910円となる。定価だけなら所要時間で新幹線に、となりそうだが、例えばネット切符なら1470円なので利用のニーズも一定数はあるのではないか。所要時間で台北―高雄の距離を在来線に当てはめてみると、もはやこれだけの距離を走破する特急がなかなか無いのだが、品川―仙台373.9キロを走る常磐線特急ひたち3号が所要時間4時間46分と自強号に近しい。西日本なら鳥取から山陰線、山口線経由で新山口までの378.1キロを、スーパーおき3号は所要5時間13分で走る。ディーゼル特急であり、単線非電化区間が多い条件下ではなかなか健闘していると思う。

台中駅の高架下にはEMU100型電車とDR2700型(奥に見える)ディーゼルカーが保存されていた

話しは逸れたが、高雄では、これまで定宿のようにしていた現代商旅(モダンプラザホテル)に泊まる。このホテルは、くたびれているが、高雄の駅の前にある利便性と一泊で3000円を切る価格設定は健在なので清潔な寝具で寝ることだけに割り切れば充分値打ちがある。ホテル横にあった鉄道駅を跨いでいた高架道路が消滅しており、ホテルに行くまでに少し迷ってしまった。高架道路が老朽化し、経費節減のためだという。鉄道が地下化したので道路は高架でなくてもよいのかも知れない。

高雄の現代商旅横の高架道路は跡形もない

その2

その4

2023年夏、台湾再起動(その3、西部幹線)」への2件のフィードバック

  1. ブギウギ様
    1968.3.21台北方向に向かう列車から撮影した彰化のCT127K(C12)です。ここではCT250(C55)も入れ換え機でいました。

    • 準特急様
      コメントありがとうございます。今となっては貴重な写真ですね。蒋介石の時代ですので、今の台湾のようにどこでも好きに鉄道を撮るのは難しかったのでは、と思います。1990年に初めて訪台した時でも、まだ大きな鉄橋の端には歩哨の監視小屋があったと記憶しています。

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