年末大慌ての決算報告 (1)

年も押し詰まってきました。今年は、私自身の写真展がまだ開催中で、その準備・対応に忙殺され、掲示板投稿もままならない状態での年末突入となりました。個別の記事は今さら望むべくもなく、ここでは、今年をまとめて大慌てで振り返ることにしました。
毎日が日曜日状態が始まって3年目となる今年、鉄道旅行に関してはすっかり少なくなってしまいました。3泊程度の旅行が数回だけ、海外はもちろん、北海道・九州へも行かず、もっぱら近郊ばかりでした。堰を切ったように出かけた昨年とは大きな違いでした。さまざまな事情もありますが、のちほど述べる心情の変化に依るところも多いようでした。

▲3・11の最終「雷鳥」 今年、「雷鳥」がついに消えた。イヤほど走っていた「雷鳥」だったが、消えるのはあっけなかった。最終日の3月11日は朝から追い掛けた。15時過ぎ、新幹線京都駅を通ると、なにやら騒がしい。新幹線が運転抑止と駅の案内が伝えている。たいして気にも留めなかったが、電車内の乗客の会話から東北地方で大地震が起こったらしいことが判った。
夕方に発車する最後の「雷鳥」はどこで撮ろうかと考えた。「雷鳥」の運転初日の昭和40年12月1日、高校一年生の私は京都駅で撮った。同じ京都駅1番ホーム(現0番ホーム)で「雷鳥」を見送ろうと考えた。やや薄暗くなりかけた1番ホームに来たのは、ボンネットではないものの、国鉄色を纏った485系である。サイドだけなら45年前の光景と変わらない。運転初日、京都駅1番ホームにはほんの2、3人が写していたように思うが、今は自分の子・孫のような世代に取り囲まれて写していた。

▲激安切符で四国へ もっとも遠くへ行ったのは、バースデーきっぷを使った四国だろう(と言ってもわずか3日だが…)。この切符、誕生月のみの発売で、四国の特急グリーン車乗り放題で1万円ポッキリという破格もの。もっとも四国でグリーン車込みの特急は少なく、1度乗った切りだが、土佐くろしお鉄道も乗れる。私は初日から乗り倒し、予讃本線の一部を除いて、JR・土佐くろの全線乗車ができた。憧れの下灘へも夕方を狙って下車した。期待の夕陽はイマイチだったが、色温度を変えて楽しんでみた。
撮影以外に、旅行のもうひとつの目的である近代建築を中心にした街歩きにも精を出し、未踏の地であった愛媛県西部の八幡浜、内子、大洲、宇和島も短時間ながら訪問することができた。

▲路面電車の街で 四国でもうひとつ、高知・土佐電はりまや橋交差点で、四方向から来る路面電車を体感したかった。夕景を、まず交差点西の歩道橋から狙ってみた。泊まりも、すぐ近くにある、トレインビューが売り物のホテルを選んだ。朝のラッシュ時に、この交差点に立つと、まだ路面電車が街のインフラを維持していることが体感させられた。
ホテルの客室からも確かに、交差点の全景が俯瞰できる。すべてに渡り線のある交差点はここだけのようだ。普段は通らない渡り線を回送電車が行く光景も撮れた。ただ、背景に、以前はデパートがあったはずのところに、今は何とパチンコ屋が煌々と交差点を照らしている。これも地方都市の一断面でもあるのだった。

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