台湾鉄道全線乗車の旅 Part12 二水鉄道公園、彰化機関区

5月29日(第10日目)
① 高鐡台北7:30-(高鐡407)→8:27高鐡台中 595元
② 新烏日8:47-(區間快車3807)→9:27二水  63元
③ 二水9:59-(區間快車3806)→10:29彰化   47元
④ 彰化13:14-(自強號1016)→14:06苗栗   162元
⑤ 苗栗16:37-(自強號1029)→17:33彰化    125元
⑥ 彰化17:57-(区間車2554)→19:54竹南    126元
⑦ 竹南20:28-(自強號1036)→21:55台北    223元
合計1,341元

昨日で、台湾鉄路一周周遊券は、使用完了しました。購入額は、1,200元(約3,500円)でした。
実際に単票で購入した場合は、①台北(自強號)→花蓮 445元 ②花蓮(自強號)→台東 355元 ③台東(復興號)→高雄 234元 ④高雄(自強號)→台中 470元 ⑤台中(自強號)→台北 375元 合計1,879元(約5,450円)でしたので、679元(約1,950円)お得になりました。

それにしても、台鐡の運賃・料金は、安い。日本であれば、同距離で、運賃だけでも7,350円はする。各列車の料金を加算すれば、20,000円は、超える。日本の約6分の1程度です。

台湾滞在も、残すところ後3日間となりました。今日も張り切ってのスタートです。昨日、ミスった二水駅へのリベンジのために、台湾新幹線に乗車して、台中へと向かいました。

ここで、台鐡に乗り換えですが、連絡通路は、まだ工事中で、迷ってしまって、右往左往をしました。台鐡の接続駅の駅名は、新台中ではなく、『新烏日駅』です。会社が違うわけですから、同じにする必要もないのですが、客の立場から言うと、同じ方が分りやすいですね。そして、競合会社なので、台鐡の優等列車は、停車しません。普通と快速だけです。

複線電化区間ですが、乗車列車は、集集線乗り入れのため、DR1000系の区間快車です。この先頭車の良い所は、前頭助手席の窓ガラスに、VTRカメラを置けるスペースがある事です。新烏日駅から二水駅までの走行動画を撮影しました。

40分で、二水駅到着。彰化県の二水は、台湾東部を二分する、台湾最長186.4 kmの河川である濁水溪のほとりに開けています。二水駅は、1905年に二八水駅として開業、1920年に改名されました。

かつては、縦貫線、集集線、台糖鐡路(明治製糖㈱南投~二八水(現・二水)間)の集合駅でした。機関区もあり、C12、8620、9600、C55、C57、D51や、台糖鉄路の豆ロコ等の多種のSLが、構内を走っていました。その時代の記念として、CT278號(C57)と、345號が、駅近くに静態保存されています。

線路沿いを5分も歩くと、着きました。大事に屋根が付けられた下には、2両のSLが、展示されていました。ここでも、台湾ギャル達が、記念写真を撮っています。台湾の鉄子ちゃんは、本当に多くて、熱心です。

ゆっくりと、見学した後、DR1000系の区間快車に、乗車して、彰化に向かいました。彰化駅に降り、駅舎のある1番月台(ホーム)に行き、びっくりしました。ご覧いただけるでしょうか?月台上から、煙のようなものが出ています。近寄ると、水を細噴霧していて、かなりの涼しさを感じます。確か、御堂筋通りで、夏を涼しくするためにしていたニュースを見たことがあります。正式には、なんと言うのか分りませんが、駅のホームでこれをやっているのは、初めて見ました。

しばらく見ていると、列車が入線する直前から、噴霧が始まります。かなりの強風噴霧です。その都度、『キャ~』と、叫び声が聞こえ、若い女性達は、逃げています。喜んでいるのは、子供達です。列車が発車すると、噴霧は、止まります。駅員に聞くと、台鐡では、彰化駅の1番月台だけの、サービスだと言います。こんなサービスを、日本の駅でやったら、どんな反響があるでしょうか。

出口で、昨日、閉館だと聞いた駅員に出会うと、にっこりして『今日は、大丈夫ですよ』と、言って、駅前まで出て、機関区への道順を教えて下さいました。本当に、台鐡の職員は、運転手といい、車掌といい、駅員といい、とても親切、丁寧です。

約10分で、彰化機関区に到着、入口で、住所と名前を書いて、係員から、見学する際の注意を聞きます。その後は、お好きなようにご覧くださいです。入場料は、要りません。家族連れが、大勢訪れていました。


梅小路や津山機関区と同様の、扇方機関区がありました。現役の機関区です。そこには、3両のSLが留置してありました。先日、平渓線で走行を撮影したCK124號、CK101號と、DT668號(D51)です。他にも、DL、ELや、珍しい工埕各車も、留置されています。全体を上から見学できるように、見学台も設置されていました。

CK101號と、CK124號は、現存する同型機では、各1両です。他は、既に解体されています。展示機もありません。貴重なSLです。CK100型は、汽車製です。

かつて、西部幹線旧山線区間には、25‰勾配区間があり、従来機では、牽引力不足問題をかけていました。これに対応すべく、汽車会社において、独自設計によるCK50型が、1905年試作機2両が、量産型として、1907年2両、1908年2両、1912年8両の計14両が、製造され、幹線で使用されました。性能及び走行面で、大変好評を得ました。

CK100型は、このCK50型をさらに高性能にした、改良機として、1916年4両、1919年4両の計8両が、汽車会社で製造されています。日本では、同一車種はありませんが、常総鉄道8・9号機が、最も類似しているらしいです。

日本統治後からは、新店線(萬華~郡区役所前 10.4km;1965年に廃線)、平渓線等の北部支線で、走行しました。1974年12月に引退しましたが、比較的に状態の良かったCK101號は、台北工場において、8ヶ月をかけて修復、1998年6月9日の台湾鉄道記念日に、台鐡最初の動態保存機として復活を遂げました。ただ、現在は、休眠しています。

CK50型は、1912年過熱式SLの登場以降は、支線や構内機へと、働き場所を替え、1961年前後に引退し、現在、CK58號1両のみが、高雄岡山県立文化中心に静態保存されています。

CK120型は、ご存知のとおり、日本統治下時代に送られたC12型です。1936年5両、1942年2両の計7両は、
日本車両で、製造されました。支線の客貨専用として活躍し、1979年台湾鉄路無煙化により、集集線で、最後を迎えています。

その後、CK124號だけは、淡水線北投員訓中心で、保管されていましたが、民国90年(2001年)記念として復活が、計画実施されました。修復に関しては、CK101修復経験済みの台北工場にて行われ、将来的な運用に耐えるように、ボイラー、水・石炭タンク等を新造し、約10ケ月にも及ぶ作業の末、鉄道記念日に、本線に再登場しました。

1941年川崎製のDT668號は、日本名D51型、台湾では、DT650型、台湾最大SLです。DT650型は、日本統治下時代の1939年から、32両が、川崎・汽車・日立で製造されました。しかし、1944年日立製DT678~DT682の5両は、戦争激化で、輸送できず、一時、日本国内でD511162~D511166として、使用され、戦後に輸送されています。加えて、戦後の1951年に、米国援助により、5両が三原車輌で製造、輸出されていますので、DT650型の総計は、37両と、なります。

現在、1939年川崎製のDT651號が、嘉義縣東石郷港口宮に、1940年汽車製のDT652號が、台南市體育公園に、1943年日立製のDT675號が、板橋台北縣立文化中心に、合計4両が、静態保存されています。台湾では、SL復活の声が高く、次回は、DT650型が、候補にあがっているそうです。

次は、苗栗鐡道博物館の見学ですが、長くなりましたので、分けて投稿します。
Part13へ続く

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