台湾鉄道全線乗車の旅 Part13 苗栗鉄道博物館

5月29日(第10日目)

① 高鐡台北7:30-(高鐡407)→8:27高鐡台中
② 新烏日8:47-(區間快車3807)→9:27二水
③ 二水9:59-(區間快車3806)→10:29彰化
④ 彰化13:14-(自強號1016)→14:06苗栗
⑤ 苗栗16:37-(自強號1029)→17:33彰化
⑥ 彰化17:57-(区間車2554)→19:54竹南
⑦ 竹南20:28-(自強號1036)→21:55台北

彰化機関区
見学後は、彰化駅内のセブンイレブンで、阿里山の『奮起湖便當』が売ってありましたので、現地のと同じなのかなと購入して、東部幹線の自強號の主力プッシュプル式のE1000系に乗車しました。

便當の中身は、奮起湖駅で買ったものとは違っていましたが、何種類かはあるのかと、食しました。今日は10元安くて、55元(約160円)です。今回の訪台旅行での昼食は、平渓線の十分駅前食堂以外は、全て駅弁でした。貧乏旅行には、この価格は、本当に助かります。そして、何よりも、旨い!



苗栗駅到着前に、鐡道博物館は見えました。ここも徒歩約10分で、着きました。入口正面の8620型を筆頭に、台鐡、阿里山森林鐡路、台糖糖廠で活躍した名車達が迎えてくれていました。



苗栗鉄道博物館には、4両のSLが展示されています。正面は、1918年汽車製のCT152號(CT150型)、翌年に日本から送られた8620型です。

1908年(明治41年)に、念願であった西部幹線基隆~高雄間404.2kmが開通し、長距離走行のために、炭水車を別途付けた大型SLの必要性が出てきました。これに応じて、1919年に2両の汽車製8620型が投入されました。好評だったのか翌年には同じ汽車製15両が、海を渡りました。1928年までには投入された8620型は、汽車製計33両・川崎製4両・日車製3両・三菱製2両・日立製1両を合わると、総計43両になります。これは台鐡に在籍したSLとしては最多数を誇りますが、現在残っているのはこの1両だけです。CT152號は、1978年まで約60年間、現役で活躍しました。



一見して9600型と思ってしまったが、案内表示板を見ると、1920年米国ALCO製と記載されています。日本統治下時代になぜ?と、帰国後台湾本舗で購入した冊子から調べて見ますと、当時台湾總督府鐡道部では9600型採用を決めていたが、日本国内では、需要が多く断られたためにやむなく設計は日本で、製造はALCO社で行ったという、非常に珍しいSLです。

形式はDT560型で、1920年・1921年に、各7両の計14両が輸入され、貨物輸送に使用されました。1971年に引退していますが、これも現存するのはこの1両です。



何度も紹介していますSL、阿里山28號です。シェイ式と言う、世界的にも、珍しさから、ほぼ、全車が保存さています。

 



糖鐡SL代表機として、1935年日車製の331號。現存する300號台の糖廠鐡路SLの中では、北港糖廠の329號に次いで古い。撮影時は分らなかったが、後部が切詰型になっていて、他の糖廠SLにある石炭入れがない。どこに置いていたのだろう?




1960年、台鐡最初のDLが、12両輸入された。形式は、R0型。日立製の電気式DLで、MAN・V6V型エンジンを搭載し、1420HP、最高速度100km/hだったが、故障が多発したので、7両をエンジンをGM製645E-12型1650HPに乗せ替えた。展示されているのは、この改造機のR6號です。

762㎜DL等の小型では、実績のあった日本製だが、大型となると、本土同様に、評判は悪く、R0型以後は、発注されていない。電気モーターやガソリンエンジンでは、世界最先端をいく日本製だが、ディ-ゼルエンジンとなると、今も、昔も、アメリカやドイツ製と比べて、技術不足、遅れがあるのは、どうしてなんでしょうね。


1970年、七堵にハンプを持った操車場を新設することが、決まった。この入換機として、米国GM社に、発注された電気式DL5両が、S400型です。S200型、S300型以上の、1100HP、最高速度75km/hの性能を誇りましたが、ハンプ専用で使用されました。展示車は、S405號です。
1994年、ハンプが撤去された平面化後は、性能を生かすべく、平渓・深奥線等の北部支線貨物牽引機や、一般的な操車場での入換機として、転用されましたが、電化が進む中、1997年に、短命で引退しました。



屋根がない側線に展示されていた液体式DL101。762㎜時代の花東線で、使用されたLDH100型です。1970年、花蓮機廠で自社製造された唯一のDLで、日本のDD11を模範としたと、言われています。1982年、台東線1067㎜改軌後は台車を交換する事なく保存されています。


101號の後に控えしは、同じく762㎜時代の台東線DCです。前車は、台北機廠製のLTPB1813號、光華號として、使用されたLDR2300型の付随車です。後車は、1957年に、花蓮機廠で製造されたLDR2200型4両の内の1両の、LDR2201號で、200HPエンジンを搭載、改軌後に保存されました。
LDK101號と一緒に澎湖島馬公市文化中心で潮風にさらされ展示され、ボロボロになっていたのを優秀なる台北機廠にて約7ケ月をかけて、2000年~2001年に、修復復元されています。


阿里山森林鐵路の1953年三菱製11403-1號で、最初の液体式DL。190HP、1982年に引退。



阿里山森林鐵路の11403-5號液体式DL。1955年三菱製で、346HP、1982年に引退。


阿里山森林鐵路のSPC2號客車。1971年日車製で、「光復号」用として4両が製造された。1982年引退。


台湾糖業鐵路の巡道車、254号。ガソリンカーで、1962年台糖虎尾総廠製。高官や職員の視察・移動車として使用された。


続いては、西部幹線の海線乗車です。海側を通るからには、夕日が見えるだろうと、この時間に合わせて、苗栗駅までの車中で、時刻表を調べました。一旦、彰化駅まで戻り、ここから海線を走る区間車に乗車して、竹南駅で、台北駅戻りの自強號に乗る計画を立てていました。初めてですので、苗栗駅到着時後、駅構内の観光案内所に立ちより、パンフを見たり、親切なお姉さんに聞いたりして、情報を仕入れていました。切符も購入しました。

鐡道博物館見学後、時間が少しありましたので、再度立ち寄りお礼を言っていましたら、話が弾んで、すっかりと、発車時刻を忘れてしまっていました。気づいた時は、すでにホームに乗車すべき列車が、入線して発車待ちです。改札口に急ぎましたが間一髪、間に合いませんでした。大チョンボです。

西部幹線の列車は、よく遅れるのですが、こんな時は、定刻発車です。これには、困りました。改札口の駅員も気の毒そうに、とにかく駅事務室に来なさいと、案内してくれました。時刻表を取り出して、早速、計画のやり直しです。

苗栗駅の駅員さん達は、本当に親切です。日本語翻訳が出きる他の駅の駅員にまで、電話をしてくれています。そして、代案を提示してくださいます。ただ台鐡の時刻表は、駅員すら理解できないほどに、非常に複雑で、①日曜日、②月曜日、③土曜日、④金曜日、⑤土、日曜日のみ運行する列車と、①土曜日、②日曜日、③土、日曜日は、運行しない列車、加えて、旅行社貸切の観光列車があります。


今日の新聞のTV番組欄と比較してみました。ご覧のように、ただですら細かい数字と文字が並び、見づらいのが、時刻表です。列車番号、行先下の運行日は、虫眼鏡を持って見なければ分らない程の小さい文字です。電話で案内をしてくれた駅員すら、これが分らずで間違った説明になります。

西部幹線ですので、結構頻繁に列車は、走っているのですが、こんな時に乗れる列車は、運休日です。また、山線は全線複線で本数も多いのですが、海線は単線区間が多く、選択できる列車が、きわめて少ない。丁度、春に言った向井原~伊予大洲間の予讃線と内子線の関係と、よく似ています。


結局、1時間後の列車で、当初計画コースと、なりました。切符も、『貴方は、事務所で座って、お茶でも、飲んでいたら良いですよ。』と、言って、切符売場内で、変更してくださいました。苗栗駅員の皆様には、総出で、大変ご迷惑を、おかけしました。しかし、これほど親切にしてくださるとは、思いませんでした。お礼を言って、再出発です。

1時間遅れたので、丁度、海に沈む夕日の見える駅間での車窓は、見ることは出来ませんでしたが、区間車で、ゆっくりと約2時間、海線乗車の旅を楽しめました。途中、停車時間を利用して、大山駅舎見学、明日来る予定の新竹駅も、事前調べができました。

新竹駅からの台北駅への、自強號の車中は、ビールを飲みながら、また駅弁を味あいました。台北駅到着は、今回の旅で1番遅い、21:55と、なってしまいました。

Part14へ続く

3 thoughts on “台湾鉄道全線乗車の旅 Part13 苗栗鉄道博物館

  1. アルコ製の9600はTMSの探訪記事で読んだ記憶があります。
    シリンダーカバーが日本省式のデザインでないので、おやと
    思う所以ですね。
    古き良き台湾と日本との交流時代を淡々と想起しています。
    あまり中国本島を意識せずに文物をながめに、
    旅行したいと思いました。

  2. 湯口より
    時刻表での運転曜日を数字で表すのは,ヨーロッパに準じているのだと思います.トーマス・クック時間表も同じで,①月曜,②火曜,③水曜となっていて,ただ土日だと⑥⑦と表示.①~④だと月~木曜日を示します.ただヨーロッパ式では斧を交差したマークが日曜日を除く毎日を表し,丸で囲んだAは祭日を除いた月~金曜日を,同じくCは土日祭日のみ,十字架?マークは日祭日のみを表示しており,この列車はこの曜日に「運行する」のか,「運休する」のかを間違うと大事になります.

  3. コメントをいただきまして、ありがとうございます。投稿原稿を作成するのに必死で、コメントに気がつかずで、遅れてしまいました。申し訳ございません。
    K.H.生様から、いただきましたので、これも気がつきましたが、日本製とは、あきらかに違っていますね。9600型は、828両と、確かD51型に次いで、製造両数が、多かったと思います。使い勝手が良く、戦時中に供出されたのも251両と、突出しています。私は、車両の違いについて、全く音痴ですが、空気溜の位置が違っていたり、バリエーションも多かったようですね。アルコ製も性能的には、同一なので、あえて型番を、分けることもなかったように思えます。しかし、アメリカ製の9600型があったとは、驚きでした。主に、貨物用として、幹線、支線に使用されていますが、客車を牽引していた写真もありますので、台鐡では、かなり重宝したSLだったんでしょうね。

    湯口大先輩様、遅れてまして、本当にすみません。台湾の時刻表は、欧州式だったのですね。今まで、見た事もないので、知りませんでした。お教えいただきまして、ありがとうございます。早速、購入して見てみます。
    しかし、台湾の時刻表では、文字が細かいと言うより、読めないと言った方が、いいぐらいです。次回は、虫眼鏡持参が、必要です。
    それと、台湾の列車時刻ですが、頻繁に変わっています。今年に入って、既に5回の時刻改正があったと、台湾本舗の店長さんが、嘆いていました。路線が増えたり、複々線化や、延伸した訳では、ないのですが、何で、毎月のように変わるのか、不思議でなりません。
    台湾の鉄道は、中国本土のように、撮影制限もありませんので、近いうちにまた、行きます。次回は、しっかりと調べてから、行きますので、ご教授の程、よろしくお願いします。

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