異形式連結電車番外編(EC-DC)

準特急先輩から何かコメントせよとのお言葉をいただきながらさてどうしたものかと思っていましたが コメントに替えて番外編を投稿させていただきます。
電車と気動車の連結運転は北陸線で485系特急電車と気動車の連結運転が有名でしたがこれは電車が気動車を牽引して走行するものでした。協調運転は九州で485系特急電車とキハ183系1000番台(オランダ村特急)が数年間運転されていました。
現在はJR北海道で電車と気動車の協調運転が行われています。

↑ 函館本線の非電化区間 倶知安から朝の小樽に到着した963D キハ201系気動車3両編成です。
↓ 札幌方で731系電車3両編成が待機し963D到着を待って連結に向かいます。

↓ 停車中のキハ201系に731系電車が右から連結します。

↓ 車体のデザインはほぼ同じで 帯の色が異なっています。

↓ 連結完了し6両編成となりました。

↓ 963Mとして札幌方面に出発です。前が電車3両 後ろに気動車3両の総括制御
 動力協調運転です。

↑ 先頭(右)から クハ731-119 モハ731-119 クハ731-219 キハ201-101 キハ201-201 キハ201-301
   
↑ 中間に入ったクハ731-219の運転台です。
札幌まで各駅停車ですので 発車のたびに電車–気動車の加速が楽しめます。

電車は1M2T M車のモーターは230kWx4
気動車は3両とも動力車で1両に450PSのエンジン2台搭載しています。
これで加速性能を含めた走行性能を揃えています

↑ 札幌到着 後ろ(右)の気動車はここまでです。

↑ キハが後退 解放作業です。

↑ 解放完了 963M 苫小牧行で
す。
↑ 準備完了 もうすぐ発車です。

↑ 苫小牧へ向けて出発です。

↑ 後ろの気動車は 苗穂へ回送です。
以上 2009年4月18日の撮影です。

キハ201系は731系電車と協調運転を目的として1996年に4編成が製造された気動車です。製造当初は数本の併結が有りましたが2017年現在では963Mの小樽札幌間の1本のみとなっています。協調運転のため高性能となり高価なためこの4本の製造に終わっています。運用面でも中途半端な感じがしますがこの唯一の協調運転を行う963Mは貴重な存在でぜひご乗車ください。

異形式の電車を連結運転する場合 異形式でも性能が同じであれば問題ありませんが 制御方式やブレーキ方式が同じであれば ギヤ比や駆動方式が違っても何とかなるのではないかと思っています。
異形式の連結運転まだまだたくさんあると思いますので ご紹介ください。楽しみにしています。
INUBUSE

 

13 thoughts on “異形式連結電車番外編(EC-DC)

  1. かような車輌―特にディーゼルカーの場合、輌数が少ないこともあり、価格が格段に高くなる筈ですから、JR北海道も、これ以上増備しなかったというか、できなかったのでしょう。現下のJR北海道には、到底こんな余力もないと思います。一時は(無責任な)ジャーナリズムの寵児になって囃し立てられたDMVにしても、かなりのカネをつぎ込んだ筈ですが、結局はというより、最初から実用化=商業ペースに乗る訳はないと分かっていた人もいたと思うのですが。

    • 湯口様 コメントありがとうございます。
      おっしゃる通りです。3両編成で230kWのモーター4台の731系電車の起動加速度2.2km/h/sに合わせるため201系気動車は3両編成で450PSのエンジンを6台装備しています。これだけ見ても製造コスト、メンテナンスコスト共に高価であり当時のJR北海道でも大変なことだったと思われます。電車 気動車の総括制御は技術的には興味がありますが コスト的には疑問が残ります。現在は小樽 札幌間1本のみ存在していますが製造から20年経過していますのでいつまで残るか不安です。

  2. これは協調運転と言うのかどうか分かりませんが、東北地方でC58とキハの連結運転があったように思います。これは何というのでしょうか?

    • 米手作市様 コメントありがとうございます。
      SL銀河のことかと思います。C58239がキハ141系4両を牽引するものですが釜石線の勾配区間では牽引困難なのでキハの運転手はC58の機関士と無線連絡でキハ141の動力を調整するとのことです。少し違いますが碓氷峠でEF63の機関士が489,189,169系電車をも制御し動力協調運転をしていたのに近いのではないかと思います。

  3. 蒸機牽引列車でキハを回送する場合は、日鋼式密着自連が開発される以前の簡易連結器=日車の実用新案=では、必ず最後尾に連結すべしと決められていました。蒸機と内燃動車各1輌連結したとなると、それは単なる蒸機による牽引であって、協調などというものじゃないです。

    • 当時のキハは軽量化のため台枠強度 連結器強度が弱いため必ず最後尾に連結されていたようですね。

  4. INUBUSE様
    これは凄いのを見せていただきました。異形式連結というよりは異動力装置車の連結といいますかよく表現方法がわかりませんが、小樽の入線・連結から札幌での解放・分離までのルポルタージュは臨場感のあるものです。485系とオランダ村はそれぞれ撮影したことはありますが、これが協調運転となるとこれも一度は乗ってみたかった、撮ってみたかったものです。電車の異形式連結ですが、INUBUSEさんおっしゃられるように制御方式、ブレーキ方式が同じなら何とかなるということは1900生さんの体験談でも京阪1700、1800の連結でその乗心地等で違和感はなくスムーズであったように言われており同じ考え方ではないかと思いました。興味あるルポを有難うございました。

    • 準特急様 コメントありがとうございます。
      実は クハ731の中間運転台の写真は撮れましたが キハ201の中間運転台の写真はカーテンが閉まっていて写せませんでした。中を覗くと運転手が座っていました。まさかここで運転をしているのではないかと少し疑ったのですが運転はしていませんでした。異常時の対応と札幌から回送車の運転のためかと理解しました。明らか先頭クハ731からの総括制御でした。
      電車の異形式連結 まだまだあると思いますので ご紹介ください。

  5. 湯口先輩様、
    調べましたら、釜石線 C58+キハ141系8622レ「SL銀河」と言うのがありまして、これはC58に客車代わりの気動車・キハ141を数量連結して協調運転をしているらしいのです。C58の出力不足を補機の代わりにキハの動力を使って押しているとか。
    SL銀河で検索すると動画が出てきます。

  6. この時期になるとキハの台枠も、連結器も機械式時代のような脆弱ではありませんから、蒸機との連結運転は可能でしょうが、引き通しは空気管だけですから、連絡は汽笛合図しかありませんな。恐らくは気動車は単なる客車代用で、協調ではなく牽引だったんじゃないですか。

  7. 戦前には「電蒸運転(蒸電?)」なるものが在ったそうですね。
    現在でも大井川鐡道で、SL+客車+ELの編成が見られます。
    但し連結の主目的が代替予備で、協調運転では無かった筈ですが。 (^^;)

  8. 電蒸運転はかつて電化区間の開業前に常態で展開していました。架線を張り、変電所が始動して電機が活動開始するのですが、万一故障したらダイヤが乱れるので、電機が主機で先頭ですが、非常事態に備え、その後ろに蒸機が連結されていたのです。試験運転中にも「煤払い列車」と称した電機+蒸機各1両の特別列車が運転されました。その後陣がついて、新規電化区間でも電蒸列車は見られなくなったと記憶します。

  9. 釜石線のSL銀河は機能的には「協調運転」とは呼べないものだと思います。準特急さまの仰るような「異動力車の連結運転」という表現が適しているのではと思います。C58の牽引だけでは不安があるためDCも動力を使用するということで、わざわざキハ141を購入したということでした。
    鉄道(少なくとも旧国鉄)におけるいわゆる協調運転とは、異動力車同士がなんらかの(通常は電気)装置等を介して、ほぼ同等の出力を得て走行するものをいっているようです。従って基本的に出力差が発生しないように設計・実施されていると理解できます。
    いっぽう過去にあった機械式DCの複数運転士による運転は、広い意味では協調と言えなくはないものですが、よくタイミングが合わず起動し直したということですから、最近の協調とは少し意味が違っているように思います。SLの補機や重連運転と一緒と思われ、「同調運転」と表現してはと思っています。
    ところで、ではELやDLの重連牽引で行われている「総括制御」との関係はどうなるのだろうかと疑問がわいてきました。これはどう考えても内容的には同じものではないだろうかと。強いていえば「同じ運転方式を【形】からみたものか【機能】からみたものかの違い」なのではないかと思うに至りましたがいかがでしょうか。
    今はなくなりましたが北海道のC11による「SLニセコ」等の運行では最後尾にDE15を連結していました。「SL函館・大沼」では幹線を走るため、万一本線上でヘタると運転上の影響が大きく、後尾DLも仕方ないと思って撮っていましたが、「SLふらの・美瑛」等のローカル線でも同様の運行形態でした。あるときなど勾配に差し掛かってもスピードが落ちてくるまでDE15がエンジンを唸らせて後押しし、そこそこ速度が落ちてきてからC11がこれはいかんとばかりにシュッシュッポッポ・モクモクと煙を吐くということがありました。あれはSLの「復活運転」ではなく「SLを使用したイベント列車」というべきものでした。
    協調・総括・同調などとややこしいことを申しました。
    小生は一度だけ電蒸運転に遭遇したことがあります。昭和44年夏の北海道合宿に参加した際、旭川からC57の牽く小樽行客レに乗ったときです。この時はまだ旧線の神居古潭回りで近文~納内間の長大トンネル新線開通の一か月前の頃です。納内に着くとすぐ発車せず「機関車連結のため少々停車します」との放送があり、ノコノコ前頭部へ見に行くとC57の前にED76-500が付きました。そこからの走りの早かったこと。数分の遅れを取り戻し、滝川には定時に着きました。

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