ここ1週間 旅に出ておりましたのでお知らせが遅くなりましたが、三江線の廃止、バスへの転換は少し先延ばしされ 平成30年(2018年)3月末として廃止届が出されました。中国新聞記事を転載します。
ここ1週間 旅に出ておりましたのでお知らせが遅くなりましたが、三江線の廃止、バスへの転換は少し先延ばしされ 平成30年(2018年)3月末として廃止届が出されました。中国新聞記事を転載します。
カープ優勝を記念して 江波車庫の奥で眠っていた貨51号がカープレッドに塗られて 装いも新たに広島市内を走ることが広電ホームページで公表されました。9月30日(金)14:00に広島駅前で出発式が行われ、翌10月1日からは 江波→紙屋町→広島駅→西広島→横川→江波の第1便と そのあと江波→紙屋町→広島港→比治山線→広島駅→江波の第2便が走ります。詳しい通過時間は広電ホームページをご覧下さい。同ホームページのイラストをコピーさせて頂きました。
どですかでん氏の格調高い投稿のあとで いつもの安易な新聞転載で恐縮です。9月30日にJRが国交省に廃止を届け出るそうです。
沿線自治体での説明会が終わり、各自治体が鉄道存続断念の意思表示をして ようやくバスへの転換と鉄道廃止が決まりました。ただ新しいバス交通網の計画立案にはこれから約1年半かかるとか。世の中の変化のスピードに全くついてゆけていないと言うか、悠長なことです。
寺田咲築氏の登場にうれしくなって、昭和39年に静岡駅で見かけた職用車をご紹介します。オハフ30をそのまま静岡運転所の通勤車にしたオヤ30です。もちろん地平ホーム時代です。
お粗末さまでした。
全線廃止表明以降 地元のテレビや新聞には三江線ネタが急に増えています。今朝はこんな記事が載りました。
三江南線の初列車に乗務したOBの回顧談です。当時は「2両編成で機関士2人、車掌2人」とは 写真に写っているキハ02の2連のことでしょう。気になるのはそのキハ02の下の写真です。明らかにキハ02ではないので、当時の配置表を見てみると 三次区にキハ41500(後のキハ06)が1両配置されていたことがわかりました。また三江南線開業時にはまだキハ02(当時はキハ10000)は配置されておらず、どうもキハ41500 1両で三次、口羽間を往復していたようです。キハ02の写真は後年のもののようです。このOB氏が最初に配属されたのが備後十日市車掌区だそうですが、昭和28年当時は三次機関区ではなく、備後十日市分区と呼ばれていたようです。昭和28年には8620が19両、C58が14両配置されています。芸備線の三次以南をC58、三次以北や福塩線に8620が活躍していた時代だったようです。
毎度 新聞ネタで失礼します。三江線廃止表明から3週間ほどが経って沿線6市町での住民説明会が済んだようです。
住民側がいくら存続を希望したところで 廃止と決めたJRが心変わりする筈もなく 説明会や廃止容認表明という通過儀礼も必要かもしれませんが 代替えバスについての前向きな議論を早く始めれば良いのにと思います。
鉄道記念日をはさんで10月8日から23日までの間は青春18のミニ版である「秋の乗り放題パス」が使えます。3日間で7,710円ですからお手ごろです。私も山陰をひと回りしてこようと、いろいろ情報を集めていたのですが 皆様の参考になればと 10月の中国地方の臨時列車についてその一部をご紹介します。
「青の交響曲」が現役諸君の努力によって成功裡に実施されたことはご同慶の至りです。さて吉野山ほど豪華ではないにせよ、広島の街にも「トランジュール」が走っています。元大阪市電1801型である768号を改装し、今年7月1日から「ビール電車」として走り始めました。好評を博して予約が殺到したため 当初8月末までとされていた運行予定が9月末まで延長されました。カープ優勝で盛り上がる広島ですので、その勢いを得て さらに10月から12月末まで「ワイン電車」として走ることになりました。詳しくは「トランジュール専用サイト」http://www.trainrouge.com/top.shtml をご覧下さい。
昨年12月の広島ツアーの際、解散後にF氏、I氏と一緒に訪ねた江波車庫の奥で眠っていた768号です。上記専用サイトの写真と比較してみて下さい。台車も真っ赤に塗られて 見違えるような姿に変身しています。馬子にも衣装と言えば768号に叱られそうですね。
駅舎ばかりを集めた画集があるように 駅舎は旅情を誘う題材でもあります。尾道駅が平成30年度までに建て替えられるそうです。尾道駅は駅舎単体ではなく 背景を含めた景観として好感を持たれているのでしょう。現在の駅舎より 先代の駅の方がなお良かったと思いますが・・・。まだしばらく先のことなのに 早やばやとさよならイベントとは気が早いことですが、「トワイライトエクスプレス瑞風」停車を追い風に集客を期待しているのでしょう。
沿線では住民報告会などが開催されていますが、次のステップへ向けてのスピード感が 三江線の列車同様感じられません。誰が意思決定するのかわからないような会議体で協議を続けていて 1年後にそれなりの代替バスが走り出せるのか心配になります。
玉電の80型の話が京阪の80型の話に拡がっていますね。丁度1年前に錦織で写した写真がありましたので、大津のハチロク様をさしおいて恐縮ながら アップしてみました。
確か82号はすでに京阪から第三者の手に渡っているのに、しばらく置かせて欲しいということで置いてあったとどなたかに聞いたように思います。手狭な車庫故京阪も迷惑だったようです。ようやく搬出されていたのですね。この時点でも塗装が剥げて錆が浮き、せっかくの美男子が可哀想な状態でした。
ところで 81号の頭部だけが保存されていましたが、これは今もあるのでしょうか。これは何のための保存なのでしょうか。この81号はきれいな状態でしたが。
こうして改めて見ると 片運に改造される前のポール時代の方が格段にかっこ良かったですね。
今朝の中国新聞の連載記事をご紹介します。
江津口側の様子はわかりませんが、三次口側の状況はと言うと、江の川に架かる橋が少ないため、対岸の住民は鉄道を利用したくても駅まで行くのが不便極まりないという状況です。道路も両岸に立派な道路があるわけではなく、ようやく片側の道路が整備されつつあり、対岸の細い道路は離合も難しいような区間が多くあります。鉄道に代わってバスが走るにしても、両岸の住民が便利なようなルート設定やダイヤ設定は容易ではないでしょう。結局対岸を走るバスに乗りたくても乗れないという今と同じような状況になることが予想されます。バスは鉄道より格段に自由なルートを設定できるとはいえ、積雪地帯でもあり 道路の改良や橋の増設などが伴わなければなりません。昨今「今までに経験したことのない」自然災害が各地で続発しています。今までに何度も災害を何とか乗り切ってきた三江線の歴史を考えれば、今まで以上のリスクも想定したプランが望まれますが、現実的には非常に難しい課題だと思います。現在三江線沿線には備北交通、美郷町営バス、石見交通のバス路線がありますが、基本的には沿線住民のための生活路線であり 相互の関連はありません。既存の路線をベースに観光客、通過客のことも少しは考慮に入れた新たな路線網を考えるのでしょうが、紆余曲折が予想されます。三江線の取組みが全国各地の類似案件の先進事例になれば良いのですが、今までの動きをみていると大きな期待はしないほうが良さそうです。
昨日に引き続き 中国新聞の記事をご紹介します。
三江線全線廃止の正式表明についての中国新聞朝刊の関係記事をすべてご紹介します。
今朝の中国新聞の記事をご紹介します。
ぶんしゅう殿が去る8月5日 73983で倉吉線鉄道記念館のリニューアルについてご紹介下さいました。その予告通り 倉吉市の広報紙「市報くらよし 9月号」の最終ページにクローバー会からの写真寄贈を機にリニューアルを行ったとの記事が載っています。
丁度1年前 私が呉線開業80周年記念イベントに関わった際に 特派員氏に古い写真探しをお願いしたところ急なお願いにもかかわらず、tsurukame氏と特派員氏からすぐに貴重な写真が数多く集まったことを思い出します。今回のぶんしゅう氏のように きちんと広く会員に呼びかければ 全国すみずみまでレールがあるところには当会の誰かが必ず一度は訪れて記録を残しているものと思いますので 比較的容易に貴重な記録が集まるのでは思います。東日本大震災に関わる東北地方の鉄道写真集めもそうだったように思います。倉吉のようなかたちで地元に協力ができるのが我々の強みでもあり、また若い頃に各地でお世話になったことへの形を変えてのお返しのようにも思います。決して売名行為ではなく このようなかたちで各地に足跡が残れば誇らしく思えます。是非倉吉線の跡をたどって 記念館を訪ねようと思っているところです。
カープにマジックナンバーが点灯し歓喜の日も夢ではなくなって、盛り上がる広島ですが、一方で県北では三江線の命運も決まろうとしています。
予定通り明日 全線廃止の正式表明がなされます。9月2日の朝刊には大きく採り上げられるでしょうから、明後日にまたご紹介します。
5月21日 71996で福塩線の通学列車の様子をご紹介しました。あれからしばらく足が遠のいていましたが、そろそろ学校の夏休みも終わり、9月に入れば通学列車も走るだろうし、田んぼの稲穂も垂れてくるので初秋の福塩北線や芸備線に行く計画を立てようとしました。しかし臨時列車の運行日がわかりません。ネットで検索してもわからないので 三次駅に電話して 9月の運転日を確認しました。
福塩線(府中・三次間)臨8726D、8727Dの運転日は9/10、17、24、25 芸備線(三次・備後落合間)臨8354D、8357Dは9/20、21、23、24
だそうです。数年前には「三次鉄道部」がネットで公表していたのですが、現在ではネット上での告知もありません。JR発行の時刻表には掲載されていますが(9月の運転日のみ)、JTB発行の時刻表には出ていません。JR西の「おでかけネット」でこれらの運転日を指定して検索しても 駅時刻表には反映されていません。電話口の社員に「運転日は都度電話で確かめないといけないの?」と聞くと、「沿線の駅には掲示してあるのでそれを見てください」との返事。沿線の人はともかく、「遠方からのお客は駅に見に行けないが どうすればいいの?」と聞きましたが、明快な答えはありませんでした。
貸切の臨時列車ならともかく、通学生を主眼にした臨時列車とは言え一般客も乗車できる列車が「知る人ぞ知る」列車になっているのです。これは一種のミステリー列車ですね。要は一人でも多く乗ってもらおうという商売っ気が全く感じられません。いつも空気を運ぶことに慣れてしまった閑散線区はこれでは立ち行きません。ある意味定期通学生は前払いの空気扱いかもしれません。
もうひとつ不思議なことがあります。芸備線の臨8354Dは広島から来た「快速みよしライナー」に2分の乗り継ぎで11:24に三次を発車し、12:40に備後落合に着きます。そして12:59発の「奥出雲おろち号」にベストの接続になっています。要は広島を10:00に発てば、最短で「おろち号」に乗れるわけです。また逆に出雲から「おろち号」で来た乗客は 落合発12:48の臨8357Dに乗れば 三次で3分の乗り換えで15:48には広島に到着します。ということでこの臨8354D、臨8357Dは通学列車の性格もありますが むしろ「おろち号」の広島との連絡列車なのではないのかと思っていました。ところが9月の運転日を聞き、「おろち号」の運転日と突き合わせてみると 9月の「おろち号」運転日と重なるのは2日間だけで、残りの13日間は「おろち号」は芸備線の接続列車のない落合駅で ただ折り返してゆくだけだということがわかりました。通学列車がたまたま「おろち号」とうまく接続していただけだったようです。「おろち号」は米子支社木次鉄道部の管理、芸備・福塩線は広島支社三次鉄道部の管理ということですが、「おろち号」は夏休み中の8月は運休なく31日間すべて運転、9月は15日間、紅葉が始まる10月は20日間運転予定で、日祝は出雲市始発というダイヤで 出雲大社方面からの集客も意識し がんばっている意図が伺えます。一方広島方面からの集客はあきらめているのか、木次と三次の連携は全く感じられません。
またしても「老人の戯言」になってしまいましたが、10月の「秋の乗り放題切符」で中国山地をさまよってみようと思われているご仁は 事前に三次駅(0824-62-2445)に臨時列車の運行日をお確かめ下さい。臨時列車のあるなしでガラッとプランが変わってしまいます。余談ながら10月、11月には岡山管内でも「姫新線開業80周年記念号」、「みまさかスローライフ号」などが姫新線や津山線を走る日があります。以上苦言交じりの乗り鉄、撮り鉄の皆さまへのお知らせでした。