総本家青信号特派員氏が「秋の北海道 鉄道ひとり旅(3)」で札沼線の近況をご紹介頂きました。氏もかつて札沼線全線を乗り通されたようですが、私も昭和44年3月6日に乗っています。その日のことを「靑信号23号」に旅行記として載せていましたので、札沼線部分だけをスキャンしてみました。紙はすっかり変色しています。
投稿者「西村雅幸」のアーカイブ
トワイライトエクスプレス瑞風は捕らぬ狸にならないのか
がんばる井原鉄道
平成11年1月11日11時11分11秒に一番列車が発車してから18年目を迎えている井原鉄道ですが、自治体が負担する施設管理費を除いた運行管理収支は3年連続黒字見通しだそうです。
中央アジアのトラム
ぶんしゅう殿に続いて湯口殿から北欧のトラムが紹介されました。実は私が奥様のお供で中央アジアのキルギスに鉄分の無い旅をした際に、中継地となった隣国カザフスタンのアルマトイという都市で数枚のトラムを写していたことを思い出しました。しかしこの車両の情報が全く無いので、海外トラムにお詳しい諸先生方にご教授願いたく 悪乗り投稿した次第です。
よみがえった昭和47年
今朝起きてデジ青を開くと もう特派員氏がホームカミングデーの様子を速報されているので驚きました。昼の部も夜の部もにぎやかに、和やかに時間が過ぎ、また現役を含む若い人たちの参加も多く 会長の想いが実現しているように感じたホームカミングデーでした。
1900生様の8mm上映では 登場したいくつかの現地に居合わせ、同じ情景を見た者として非常になつかしく拝見しました。そのなかで草津線、信楽線のシーンを写真でご紹介します。実は撮影年月日が定かではありませんが昭和47年の秋だと思います。いずれの写真も退色とゴミで見苦しいことをご容赦下さい。
広島から小ネタ2題
広電の「希少種」を追いかけて
動物の世界には夜に活動する夜行性の種がいて、昼間にはなかなかお目にかかれません。鉄道の世界の「夜行性」と言えば 保線車両でしょうか。ここで話題にしたいのは「夜行性」車両ではなく 広電の「パートタイマー」車両や「希少種」車両です。これも同じく昼間でもなかなか会えない車両たちです。先に花電車「貨51号」はたっぷりご紹介しましたが、貨51号は事業用車ですが、営業用車の中の希少種の近況です。
車庫では撮影していても、走行中を撮っていなかったのが3100型です。宮島線の荒手車庫所属で3101,3102,3103の3両(3編成)があるのですが、平日の朝のラッシュ時だけ車庫から出てきて、昼間は車庫の奥で寝ているのです。是非一度この3100型の働いているところを撮りたいと思っていたのですが、ようやく今朝その姿をとらえることが出来ました。実はINUBUSE氏に3100型の運用についてアドバイスを頂いたおかげで、確実にゲットできました。
国鉄建造の最後の鉄道連絡船引退
かつて国鉄連絡船には各地でお世話になりました。車両航送を兼ねた青函、宇高連絡船。車両航送の無い関門航路、大島航路、仁堀航路、そして宮島航路がありました。さすがに我々の世代はここまでで、関釜航路や樺太(稚泊)航路には縁がありません。
さて青函トンネル、瀬戸大橋の開通によって車両航送はなくなり、その他の航路も廃止されて 宮島航路だけが生き残りました。幸い宮島航路は観光客の増加のおかげで活況を呈しています。この度「ななうら丸」が2代目から3代目にバトンタッチされました。「2代目ななうら丸」は国鉄が建造した最後の鉄道連絡船でした。1987年(昭和62年)2月18日に就航し、30年近くを経過し老朽化したため 3代目が新造されたようです。
可部線延伸区間 来月試運転開始
たった1.6Kmの延伸ではありますが、一旦廃止した線区の一部を復活させるということで話題の可部線ですが、工事は順調に進んでいるようで12月23日から試運転を始めるということです。
ひとつ解せないのは「運賃の見通し」とはどういうことなのかです。1.6Kmであれば 地方交通線の3Km未満は140円と決まっているのに、なぜ「見通し」という言い方をするのでしょう。特別運賃でも考えていたのでしょうか? あるいは取材記者の認識不足による言い回しなのでしょうか。もうひとつ気がかりなのは まだ開業日が発表されていないことです。「来春」という表現のままです。築地のようなことはないでしょうが、もうそろそろ開業日を公表しても良いのではと思います。春のダイヤ改正のタイミングでもあるのでしょうが いつ発表されるのでしょうか。いずれにせよ試運転が始まれば、取材に出かけてレポートしたいと思っています。
優勝パレードと花電車
またカープか、また広電かと言わずにご覧下さい。11月5日はカープのセ・リーグ優勝記念パレードと優勝報告会が行われるということで、是非その賑わいの中の広電を撮ろうと早起きして広島へ出かけました。優勝パレードのスタートは10:30ですが、余裕をみて三原を7:00台のJRに乗り込みました。休日の早朝とあってなんとか座れましたが、どう見てもパレードを見に行くとしか見えない乗客も多く乗っています。115系4連は西条、八本松あたりで通路もぎっしりの平日並みの乗車率。海田市では積み残しが出るほどの混みようです。この日は土曜日ですから、普段なら休日ダイヤとなって、朝の通学・通勤時間帯の列車は間引かれるのですが JRは混雑を見越してあえて平日ダイヤで運行するとともに、増結もしていましたが それを上回る人出のようです。
さて 優勝パレードは平和大通りを西から東に進むのですが、どこで広電を撮るかで悩みました。結局 あえて最も人が集まりそうな鯉城通りの白神社(しらかみしゃ)前交差点で撮ることにしました。そのためにJR新白島駅でアストラムラインに乗り換えて、白神社交差点に近い本通駅まで行くことにしました。しかしこれは失敗でした。JRや広電が混雑を見越して平日ダイヤで運行しているのに、広島新交通は読みが浅く休日ダイヤだったのです。ドアが閉まらないほどの超満員で乗れないのです。1本はやむなく見送りましたが、遠慮していてはいつまでたっても乗れないと思い、次の列車に無理やり乗り込みました。こんな寿司詰めのアストラムは初めての経験でした。多分定員以上に乗っていたと思いますが、加速は悪くなく 余力のある走り振りで変なところで感心したアストラムラインでした。
本通駅終点で地上に出て平和大通り方面へ人波に流されるように歩きました。予告通り袋町電停は混雑を避けるため「電停封鎖」されていました。
どこでもドア
視覚障害者のみならず歩きスマホも一因となってプラットフォームでの接触事故や転落事故が頻発し、ホームドアの普及の遅れが社会問題化しつつあります。ホームドアの国内メーカーはいくつかあるのですが、実は私が会社員生活の最後を送ったMHI-TES(三菱重工交通機器エンジニアリング)という会社でもホームドアを設計製作しています。そういうご縁だからご紹介するわけではないのですが、このたび「マルチドア対応ホームドア」愛称「どこでもドア」の実証実験についての記事が同社の社内報に載っていましたので ご紹介します。
その実証実験が先週から京急三浦海岸駅で始まっていて 約1年間試用されるそうです。近くなら見に行くところなのですがそうもゆかず、関東の皆様でもし同地に行かれるようなことがあれば、是非レポートをお願いできればと思い投稿しました。三浦海岸駅を通る京急車両については全く知識がないのですが、どうも列車種別によってドア数が異なるようですね。詳しくは同社ホームページに動画がありますのでそれをご覧下さい。http://www.mhi-tes.co.jp/products/pfd/index.html
今日のカープ電車
札幌でまさかの3連敗。そしてホームに戻っての崖っぷちの6戦目。なんとかリベンジを期待しつつ 貨51号を撮るべく広島へ向かいました。貨51号の追いかけは 前回小雨のため途中で運休となって空振り。今回3度目の正直です。まずは午前中の広島駅前から。
広島から小ネタ2題
三江線 その後
全線廃止が平成30年3月末と当初の予想より延びたことで、変な安堵感が漂うのか、あるいはカープの優勝騒ぎの陰に隠れてしまったのかここのところ 少し関心が遠のいた感があります。最近の中国新聞記事からいくつかご紹介します。
陰陽横断3日旅 (後編 倉吉線跡探訪)
そもそも倉吉線跡を訪ねることになったいきさつを振り返ってみましょう。2016-2-21に私が「行商列車を読んで」という一文を投稿したことがコトの始まりです。この本には倉吉線を舞台にした行商の話が出てくるのですが これが伏線です。私の投稿に対して どですかでん氏がすばやく反応して頂き、続いて湯口大先輩からも 1963年に倉吉線を訪ねられた際の貴重な写真が投稿されました。話はさらに米手作市様にも拡散し、1週間後の2016-2-28にはぶんしゅう氏の「ダメ押し 倉吉線訪問記 1973年夏」が投稿されます。このぶんしゅう氏の写真の中に打吹駅前で子供たちがラジオ体操している写真がありました。実に素晴らしい情景だと感激したのですが、このとき倉吉か打吹に記念館があることを何となく知っていましたので ぶんしゅう氏にこの写真を倉吉に送ればきっと喜ばれますよとけしかけました。そして私の提案に乗って頂いたぶんしゅう氏が倉吉とコンタクトされ、いろいろなやりとりの末に倉吉観光マイス協会の塩川修氏のご尽力があって 倉吉線鉄道記念館にクローバー会の特設コーナーが設けられ、会員各位から提供して頂いた倉吉線のなつかしい写真が常設展示される運びとなった訳です。9月1日付けの倉吉市の広報誌にも我々の写真展示で同館がリニューアルされたことが紹介されました。半年ちょっとの間にこのような展開になるとは夢にも思っていませんでしたが、クローバー会と倉吉市とのつながりができたことはうれしい出来事でした。そんないきさつ故 一度倉吉を訪ねて見学しなければと思って今回の旅の目玉としたわけです。なお9月11日には米手作市様が記念館の一番乗りを果たされています。前置きが長くなりましたが、10月11日の朝 倉吉観光マイス協会の塩川修氏と初めてお会いし、この日の旅が始まりました。
(続々)カープ花電車を追いかけて
広電H.Pで公表されている花電車のダイヤを見ると、土曜日曜には横川駅前で休日運転のレトロ電車と花電車のツーショットが狙えそうだと判りました。丁度15日の土曜日 ヒヤヒヤでしたがカープが日本シリーズ進出を決めてくれました。興奮冷めやらぬ翌日曜日は花電車とレトロ電車のツーショットを狙うには絶好の機会と 勇んで広島に向かいました。花電車が広島駅前に入って来る10:40にはまだ時間があるので 広島駅前でカープがらみの光景を探してみました。こんなキャッチコピーがありました。
陰陽横断3日旅(前編 津山まなびの鉄道館)
青春18きっぷが最長5日間有効なのに対して、秋の乗り放題パスは2週間の中の連続3日間という制約はあるものの、うまく使えば乗り鉄には有難い切符なので あれこれと計画を立てました。プランの条件としては ①10月10日だけ走る「姫新線80周年記念号」乗車 ②倉吉線鉄道記念館訪問 ③木次鉄道部を訪ねて貸切列車についての情報収集 の3つでした。この旅を実現するには まず①の指定券を確保しなければなりません。1ケ月前の9月10日10:05頃に三原駅のみどりの窓口へ行き簡単に買えるものと思っていたら、「もう売切れです」との思わぬ返事に愕然。キハ47 2両の「みまさかノスタルジー」の座席定員は124名ですが、発売と同時に完売だったようです。イベント列車のことを甘くみていたことを反省しつつ、プランを一部変更することにしました。そこで 三原→岡山(岡山電軌撮影)→津山(機関区訪問と姫新線記念号駅撮り)→鳥取→倉吉(上記②)→木次(上記③)→江津→三次→広島→三原 というルートを2泊3日で回ることにしました。10月10日 ぶんしゅう氏と岡山で合流して 乗り鉄旅が始まりました。今回はその旅のうち 前編として「津山まなびの鉄道館」、後編として「倉吉線跡探訪」をご紹介します。まずは津山での約2時間の途中下車で訪問した「津山まなびの鉄道館」です。
(続)カープ花電車を追いかけて
10月7日に広島市内を走る広電貨51号をINUBUSE氏と追いかけましたが、昨日はぶんしゅう氏と広島の街に出ました。まずは繁華街の紙屋町、本通り界隈で待ち受けることにしました。
可部線延伸工事進む
来春開業予定の可部線延伸区間の工事は順調に進み、レール敷設が済んだようです。
距離は短いとは言え 新線開通となれば昔ならオヤ31おいらん車で車両限界、建築限界のチェックをしたり、重量のある機関車などで路盤を固めたりということをしたと思いますが、現在では電車しか走らない区間の開業前には どんな試験車両が乗り入れてくるのか興味があります。
一方 ほぼ同時期の来春山陽本線西条・八本松間で開業予定の寺家(じけ)駅の工事も進んでいます。西条・八本松間は6.0Kmと短いのですが、西条から2.2Km地点に建設中です。待避線はなく、上下線を挟む対向式のホームがすでに完成しています。事業費20億円は全額地元東広島市の負担だそうです。寺家地区は古墳や遺跡が多い地域でもありますが、宅地化が進み広島のベッドタウンとして駅の開設が望まれていた場所です。西条へ登ってゆく補機をホームから気楽に写せるポイントになるかもしれません。
カープ優勝記念花電車を追いかけて
9月30日に出発式が行われ、10月1日から広島市内を走りだした貨51号をINUBUSE氏と追いかけました。広電ホームページに運行スケジュールが公表されていますので、なるべく多くの地点で走行写真を撮ろうと欲張った計画を立てました。INUBUSE氏とは銀山町で落ち合って撮影開始です。